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zoom RSS テーマ「国鉄蒸機」のブログ記事

みんなの「国鉄蒸機」ブログ

タイトル 日 時
4月の別れ(10)
4月の別れ(10) 名鉄局の良き伝統。大垣機関区時代から受け継がれた青プレートが誇らしい。 ...続きを見る

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2019/04/16 08:16
走り始めたD51に想う(4)
走り始めたD51に想う(4) 本来は簡易線用で場違いに思えた前任のC56160はもちろんのこと、C571と比べても、新参のD51200の方が「北びわこ」の仕業、そして鉄道の街・米原にごく自然に馴染んでいるように映るのには、実は理由がある。 ...続きを見る

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2019/04/04 23:50
走り始めたD51に想う(3)
走り始めたD51に想う(3) D51759 [亀]牽引の6785レとD51614 [奈]の牽く790レ(手前)、貨物列車同士の離合。 ...続きを見る

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2019/03/27 23:16
走り始めたD51に想う(2)
走り始めたD51に想う(2) 草津線の下り貨物を牽いてきたD51211[奈]が、転向前にカマ替え中。このカマは形式入りプレートで人気があった。 ...続きを見る

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2019/03/19 23:50
8th Anniversary 撮影余話(3)
8th Anniversary 撮影余話(3) 1〜2週間毎に「着せ替え」をして楽しんでいるタイトルバック写真ですが、どれか一つだけ選べと言われたら、やはり白黒フィルムで撮った蒸機、それも必然的に最後の日々を追った昭和50年12月の写真になるでしょう。そして、誰からも褒めてもらえそうにない不真面目な拙blogのタイトルではありますが、一応「夜」を謳っているので、夜の一枚を・・・ ...続きを見る

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2019/01/08 08:18
遠いあの日 「45年前の“今日”へ」 和倉
遠いあの日 「45年前の“今日”へ」 和倉 12系に更新されたばかりの「きたぐに」のハザで、密連特有の不快な衝動に浅い眠りを邪魔されたまま金沢に到着すると、夜中の3時台だというのに、当たり前のように七尾線の始発が接続した。雑多なキハで構成された321Dは、勇ましいエキゾースト音で飛ばしに飛ばして、漆黒の能登半島を北上している。「ホワイトクリスマスか・・・」窓外の様子は暗くてよくわからないが、積もってはいるようだ。そう、あの日は12月25日のクリスマス、ちょうど45年前の今日だった。 ...続きを見る

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2018/12/25 08:16
from My Bookshelf (2)
from My Bookshelf (2) Rail Magazine Vol.377 トワイライトエクスプレス特集。金ピカ厚化粧気味な同社の蒸機とどこか相通ずると言ったら叱られるだろうか、塗色のセンスが性に合わないEF81と同色の寝台車の記事を読みたくて購入したわけではもちろんない。当時RM誌に連載されていた「広田尚敬の視線」の最終回が、どうしても気になったからだ。 ...続きを見る

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2018/11/20 08:13
from My Bookshelf
from My Bookshelf 荒川好夫さんの写真集。当時の鉄道ジャーナル誌をはじめ、以後「ニセコ」を特集した鉄道雑誌各誌には必ずと言っていい程登場して、ずっと気になっていた氏の写真の数々が、断片的なものからストーリーとして繋がり、全貌が明らかになった。 ...続きを見る

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2018/10/15 08:07
丹後のキューロク(2)
丹後のキューロク(2) 元大宮区所属のこのカマの機番は、荒川橋梁等がよく雑誌に登場した川越線の写真で見覚えがあった。その後西舞鶴区に転属し、主に宮津線で映画「すばらしい蒸気機関車」にも登場する網野までの区間貨物仕業を受け持っていたようだ。化粧煙突や関東の蒸機の特徴でもある煙室扉の砲金製ハンドル等のオリジナリティは既に失われていたものの、特筆すべきはC58や他のキューロクと共に夏季は海水浴臨の急行牽引機として駆り出されたことで、その勇姿は宮津線の定期客レの無煙化が成る直前の昭和45年夏も見られた。 ...続きを見る

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2018/09/06 08:13
ふるさと列車の記憶
ふるさと列車の記憶 SLイベント臨客の草分け的なこの列車の事を想う時、'70年代を想起させるボキャブラリーの中から 何故か必ずこの3つが結びつく。 ...続きを見る

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2018/08/24 08:21
二両のハチロク
二両のハチロク 高校生になって物事の機微が少し分かるようになった訳ではないが、当たり前のように撮影禁止の大機関区や、加太越えのような有名撮影地の喧騒にはほとほとうんざりし、心は自然と離れていった。 ...続きを見る

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2018/08/06 08:20
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 柘植 -
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 柘植 - 大築堤の先の狭くて路面が荒れた「酷道」25号線旧道も、土砂崩れによる四輪通行止めの影響で、この日はたまにバイク・ツーリングやサイクリングの小グループとすれ違う程度で、快適に柘植に抜けることができた。 ...続きを見る

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2018/07/24 08:16
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 大築堤(2)-
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 大築堤(2)- 当時の大築堤の難点は、メジャー過ぎて人が多かったこと。加えて保線用の車道や杭を並べたような柵もできたりして、SLブームが更に過熱した中学3年の頃になると、加太からは自然と足が遠のくようになってしまった。 ...続きを見る

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2018/07/20 08:16
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 大築堤 -
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 大築堤 - 加太越えのハイライトは何と言ってもキロポスト74、R300の大築堤。乗務員の間では高堤防という別称があったことは近年知ったが、当時の鉄道雑誌やSLファンの間では「加太の大築堤」で統一されていたように思う。 ...続きを見る

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2018/07/17 08:16
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 板屋 -
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 板屋 - 件の案内板がある屋渕川橋梁で上りのDCを撮影した後、次の下りの通過時間までかなり時間があるのに、近くでカメラを構えていた人達が撤収する気配がないので話しかけてみると、DD51が牽く回送列車が加太で上りDCと交換してすぐにやってくるという。これでようやくこの日のプチ混雑の謎が解けた。 ...続きを見る

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2018/07/12 08:18
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 加太 -
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 加太 - 山間の小駅、加太の風情は、跨線橋ができた以外はあの頃と同じだ。お寺のある広々とした柘植方の構内の佇まいも当時のままのように思える。 ...続きを見る

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2018/07/09 08:20
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 坊谷 -
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 坊谷 - 国道1号を左に折れて25号線旧道に入るとすぐに、法面の崩落で「二輪車と歩行者を除いて」通行止めの標識が目に入った。狭い道幅で普段はダンプの往来もある区間なので、生活道路である地元の人々には申し訳ないが、交通量が少ないのはかえって好都合だ。 ...続きを見る

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2018/07/05 08:22
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 関 -
週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 関 - 梅雨の晴れ間。思い出したように不意に発生する愛馬の始動不良の原因も分かり、素人修理後の確認も兼ねて、ひとっ走りしてみたくなった。目的地は久しぶりにあそこに行ってみよう。標高もそれなりにあるので、少しは涼しいことを期待して・・・ ...続きを見る

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2018/07/02 08:16
和倉の朝(7)
和倉の朝(7) 延長したキャブ屋根が、中込区からの転属機であることを物語る、末っ子160号機の兄弟機。 束の間の斜光線に浮かび上がる、プロフィール。 ...続きを見る

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2018/06/08 08:23
あの日の少年 by ES-2
あの日の少年 by ES-2 ニコンのES-2購入の一番の理由は、ストリップフィルムホルダーが使えるようになったこと。これで、フィルムスキャナーでのスキャン結果に満足出来ない時、ポジのスリーブはもちろんのこと、ネガでも容易にリトライすることができる。そのES-2とフルサイズのデジイチとのコンビネーションで撮って、どうしてもレタッチし直してみたいモノクロネガがあった。 ...続きを見る

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2018/04/23 08:17
4月の別れ(9)
4月の別れ(9) これほどまで徹底的に綺麗に仕上げられた蒸機によるサヨナラ運転は、後にも先にも見たことがない。それは、自区最後の蒸機を送り出した、由緒ある関ヶ原越えの補機基地としての大垣区の誇りの現れだったのかもしれない。 ...続きを見る

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2018/04/16 08:16
草津の朝(10)
草津の朝(10) 草津の転車台は、大きな蒸機がはみ出しそうな片隅の狭いスペースにあった。 だから、28mmで撮ったのを覚えている。 ...続きを見る

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2018/04/06 08:19
号外 ! ? 「43年前の“今日”へ」 - 常呂 -
号外 ! ? 「43年前の“今日”へ」 - 常呂 - このところ懐かしい常呂の写真が諸兄のblogにポツリポツリとUPされている。理由はもちろん、4年に一度ちょうどこの時期にスポットライトが当たるその北辺の小さな町に、皆それぞれ青春の想い出があるからに他ならない。彼の地にまだ鉄道があった頃、彼らもまたオホーツク海沿いの氷の聖地に魅せられて足跡を残したことを懐かしく、そしてちょっぴり誇らしく思っている、ほぼ同世代の同朋なのだ。 ...続きを見る

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2018/03/05 08:14
美浜雪景(9)
美浜雪景(9) 心象的な、雪の白と蒸機の黒のコントラスト。そして、稲架のある純日本的な田園風景・・・ ...続きを見る

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2018/02/13 08:13
7th Anniversary 撮影余話(3)
7th Anniversary 撮影余話(3) 前年UPした写真の振り返りの最後は、定年退職記念と無理やり理由をつけて強行した去年の北海道旅行記「彼の地は今… SRT101北帰行」の中から、そのミノルタSRT101で撮ったこの2カットを選びました。 ...続きを見る

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2018/01/09 08:14
焦燥のカウントダウン(2)
焦燥のカウントダウン(2) 十余年の歳月を隔てて、厳冬の会津で奇跡の再会が叶うとは、当時は知る由もなかったが、 永久の別れとなるはずのあの夜には、潔く敢えて立ち会わないことにした。 ...続きを見る

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2017/12/24 18:12
焦燥のカウントダウン
焦燥のカウントダウン シゴナナの端整な姿は既に無く、デゴイチにも満足に出会えぬまま、 早くも沈もうとする冬の陽の、何と恨めしかったことか。 ...続きを見る

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2017/12/14 08:24
加太川の朝
加太川の朝 早朝。撮影地に到着し、峠を最初に登ってくる列車を迎え撃つ時の何とも言えない緊張感。 ...続きを見る

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2017/12/04 07:06
ツバメ 飛ぶ
ツバメ 飛ぶ 幸か不幸か『JR西日本30周年記念乗り放題きっぷ』をゲットできてしまったので、天気予報では全国的に雨模様の週末でも北陸地方はJR西管内では唯一晴れ間が期待できそうなこともあって、決してコスパは良くないコースではあるものの、ちょっぴり重い腰を上げてJR西日本最東端の上越妙高まで、北陸新幹線の初乗りを兼ねて行くことにした。 ...続きを見る

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2017/10/16 08:17
京の煙
京の煙 梅小路と言えば、すぐC57が思い浮かぶが、ハチロクやC11の配置もあった。 C11は96号機。手前は休車中の48635、その奥のD51は福知山の708号機。 ...続きを見る

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2017/10/07 10:19
遠いあの日 「45年前の“今日”へ」 草津
遠いあの日 「45年前の“今日”へ」 草津 時は流れて、あの日からちょうど45年。梅小路区所属の蒸機が、草津転向所跡をチラリと横目で眺めつつ東海道線を有火回送され、秋晴れの湖北路を快走することになろうとは、一体誰が予想し得ただろうか。今年も運転される秋の「北びわこ」は、いつもとは違う特別な想いで撮影に臨むことにしよう。この湖国近江の地で連綿と受け継がれる奇跡的な煙の系譜に、敬意と感謝の気持ちを込めて・・・ ...続きを見る

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2017/10/01 08:07
交換の構図、岩見沢
交換の構図、岩見沢 蒸機同士の交換風景に凝っていたあの夏、岩見沢早朝6時のドラマ。222レの先頭に立つ今朝の主演女優、C5757[岩一]は既に十分昇圧して、地響きを立てて接近する共演者デゴイチの到着を、今や遅しと待ちわびる。 ...続きを見る

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2017/09/12 08:17
惜別、滝川のキューロク
惜別、滝川のキューロク 今日は「キューロクの日」。そのキューロクの想い出を語る上で、忘れ得ぬ場所がある。 ...続きを見る

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2017/09/06 08:17
岩見沢一区寸描(2)
岩見沢一区寸描(2) 何処かで見たような・・・そうだ、立て看が林立する数日前の我が校のキャンパスそっくりじゃないか! ...続きを見る

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2017/09/02 12:02
木曽福島のマスコット
木曽福島のマスコット 蒸機晩年は、大小二つの扇形庫があった木曽福島機関区。その大きい方には、 厳つい長野式集煙装置付のデゴイチがゴロゴロ。 ...続きを見る

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2017/08/20 09:06
岩見沢一区寸描
岩見沢一区寸描 423・424レ「からまつ」、深夜の富良野折り返し。寝惚け眼で降り立った、岩見沢。 ボーっとした頭で、ホームからラジオ体操を見守る。 ...続きを見る

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2017/08/18 08:27
夏のハチロク
夏のハチロク 昨日は、某線某所にタラコキハの撮影に出掛けた。 ジリジリと焼けるような猛暑の中、APS-Cにズームという安易な組み合わせで連写している内に、フルサイズ機と単焦点85mmでじっくり撮ってみたい光景を見つけて、田圃の畦道で構図を考えながら、ふと45年前の8月のことを思い出していた。 ...続きを見る

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2017/08/06 06:02
彼の地は今… SRT101北帰行 - 完 -
彼の地は今… SRT101北帰行 - 完 - 随分長く滞在したかのような印象を持たれたかもしれないが、40年以上前の懐かしい「彼の地」との再会の旅は、実はたった数日間だけの、慌ただしい旅だった。その最後の夜、離道前日の宿泊地は千歳にした。ご他聞に漏れず、軟弱にも空路帰途に就くためだが、もうひとつの理由はふと成吉思汗を食べたくなったから。千歳ほどの街なら、それほど苦労せずに見つけられるだろうと思ったのだ。 ...続きを見る

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2017/06/21 08:20
彼の地は今… SRT101北帰行 - 追分(4)-
彼の地は今… SRT101北帰行 - 追分(4)- 41年前のキューロクとの惜別の夜を振り返りたかったこともあるが、追分に宿泊したのには、もうひとつ理由があった。D51241との再会・・・あの年の12月、241号機は特別意識はしていなかったし、むしろ最後まで残ったナメクジ70号機や、苗穂工場最終出場機603号機を好んで撮影していた。 ...続きを見る

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2017/06/17 13:09
彼の地は今… SRT101北帰行 - 追分(3)-
彼の地は今… SRT101北帰行 - 追分(3)- 初めて渡道した昭和50年3月、雪と蒸機はこれが見納めと覚悟を決めていたが、天は我に味方せり!秋頃までと言われていた本線のさよなら運転が結局は年末の降雪期まで延び、更には入換のキューロクが翌年3月まで残るという奇跡が起きたのだ。 ...続きを見る

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2017/06/13 08:30
彼の地は今… SRT101北帰行 - 追分(2)-
彼の地は今… SRT101北帰行 - 追分(2)- 青函連絡船に始まって、室蘭本線、幌内線、夕張線と、想い出の地を駆け足で訪ねてきた今回の旅もそろそろ終わりに近づいてきた。蒸機時代に泊まった記憶はあまりないが、この日は追分で宿をとることにして、駅前のビジネスホテルに投宿した。すぐ近くに安平町営の浴場施設があるのも好都合だ。 ...続きを見る

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2017/06/10 18:34
彼の地は今… SRT101北帰行 - 夕張(4)-
彼の地は今… SRT101北帰行 - 夕張(4)- 詰所の入口には、「追分機関区 夕張駐泊所」と書かれた木札が掲げてあった。2線の矩形庫とターンテーブル、給水塔、ピットがあるだけの、これといった特徴もない駐泊所だったが、本線蒸機全廃目前の最後の数日間、入り浸りでお世話になったのが、此処だった。 ...続きを見る

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2017/06/07 08:21
彼の地は今… SRT101北帰行 - 夕張(2)-
彼の地は今… SRT101北帰行 - 夕張(2)- 夕張の象徴、北炭の社紋が冠された巨大なホッパービンが建ち並ぶ構内を、目前に迫った運命の日を知ってか知らでか、デゴイチ達はいつものように忙しく行き交っていた。 ...続きを見る

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2017/05/31 08:26
彼の地は今… SRT101北帰行 - 夕張 -
彼の地は今… SRT101北帰行 - 夕張 - 蒸機終焉直前の最後の数日間、まるで何かに憑かれたかのように通い詰めたのが夕張だった。そんな特別な思い入れと思い出のある夕張が、10年程前の市の財政破綻に始まって、昨年には異例の廃線逆提案と、ここのところ暗い話題でしか全国版ニュースに登場しないのには、胸が痛む。 ...続きを見る

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2017/05/27 13:08
彼の地は今… SRT101北帰行 - 鹿ノ谷 -
彼の地は今… SRT101北帰行 - 鹿ノ谷 - 鹿ノ谷も、重厚な木造の跨線橋が印象的な駅だった。その跨線橋を渡ると夕張鉄道の蒸機の庫があったはずで、初めて渡道した昭和50年3月ならギリギリ間に合っていたのに、結局訪れることもないまま、春の訪れを待たずにキューロクどころか夕張鉄道そのものが、姿を消してしまった。 ...続きを見る

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2017/05/24 12:02
彼の地は今… SRT101北帰行 - 清水沢(2)-
彼の地は今… SRT101北帰行 - 清水沢(2)- 清水沢は三菱大夕張鉄道の起点でもあり、広い構内を見渡せる跨線橋から沼ノ沢方を見ると、駅舎側のホームにセキを連結した混合列車が停まっていて、ダルマストーブの煙を燻らせていたものだ。 ...続きを見る

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2017/05/21 12:05
彼の地は今… SRT101北帰行 - 清水沢 -
彼の地は今… SRT101北帰行 - 清水沢 - 弱々しい冬の夕陽は、いつの間にか山陰に飲み込まれようとしている。想像力をどれだけ豊かにしてみても、この場所があの広大な清水沢のヤードの成れの果てとは、俄には信じられなかった。 ...続きを見る

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2017/05/18 08:22
彼の地は今… SRT101北帰行 - 紅葉山(2)-
彼の地は今… SRT101北帰行 - 紅葉山(2)- この駅での下り列車と言えば、やはり思い浮かぶのは給水塔と絡めた発車シーン。今でこそ、もっと色んなアングルで撮っておけばよかったと思うのは、何も紅葉山に限ったことではないが、あの年は三回も渡道したというのに、何故かこの給水塔はたった一度しか撮っていない・・・ ...続きを見る

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2017/05/12 08:23
彼の地は今… SRT101北帰行 - 紅葉山 -
彼の地は今… SRT101北帰行 - 紅葉山 - 紅葉山も、蒸機時代は訪れた人が多い駅だろう。追分方からは広い構内を俯瞰できたし、夕張川に沿って長大なセキ牽くギースルも捨て難かった。それに硬派の鉄ちゃんは、蒸機撮影の合間を見て登川支線の乗りつぶしというパターンもあったのではないだろうか。 ...続きを見る

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2017/05/09 08:28
彼の地は今… SRT101北帰行 - 滝ノ上 -
彼の地は今… SRT101北帰行 - 滝ノ上 - 川端から歩いたのか、それとも滝ノ上からだったのか、今となってはよく思い出せないが、何度も夕張川を渡る川端-滝ノ上間は、夕張線随一とも言える風光明媚な区間で、珍しくリピートもした撮影地だった。 ...続きを見る

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2017/05/06 23:55
彼の地は今… SRT101北帰行 - 川端 -
追分からは、夕張へ向かうことにした。廃線が決定的となってしまった夕張支線の訪問は今回の旅の大義でもあるのだが、石勝線と名を変えた区間が存続し昔日の夕張線を偲ぶよすがとなるのは、せめてもの救いだろうか。 ...続きを見る

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2017/05/03 09:35
彼の地は今… SRT101北帰行 - 追分 -
追分はとりわけセンチメンタルな場所だ。 さよなら225レの牽引を翌日に控えたC57135の回送を兼ねた228レを見送った駅。 その室蘭線から煙が途絶えた後も、夕張線のデゴイチ達の最後の牙城となった庫。 そして、最後の最後まで残った入換のキューロク達との逢瀬の地・・・ ...続きを見る

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2017/04/30 09:11
彼の地は今… SRT101北帰行 - 幌内(2)-
人の気配が感じられない炭住跡を目の当たりにしたり、暗い印象が拭えない幌内。しかし、ちょっぴり嬉しい発見もあった。旧幌内支線は結構な急勾配のはずなのに、いつの間にやらほぼ全区間をトロッコで往復運転体験ができるようになっている。もちろん冬期は不可、雪のない時期に再訪するとしよう。 ...続きを見る

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2017/04/28 07:42
彼の地は今… SRT101北帰行 - 幌内 -
旧三笠駅がクロフォード公園で、旧幌内駅は三笠鉄道記念館・・・何ともややこしいが、「三笠鉄道村」はこの2つの旧幌内支線の起点・終点の総称ということだそうだ。 ...続きを見る

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2017/04/26 08:36
彼の地は今… SRT101北帰行 - 三笠(2)-
旧三笠駅はクロフォード公園と呼ばれる立派な公園として整備されている。この旅では初めての廃線・廃駅訪問ということになるが、冬季閉鎖中で雪に埋もれた園内の跨線橋等の施設や車両を間近に見ることは叶わなかった。 ...続きを見る

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2017/04/24 08:25
彼の地は今… SRT101北帰行 - 三笠 -
室蘭線に沿って車を走らせていると、懐かしい地名の案内標識が次々と目に飛び込んでくる。そんな中から、栗山で信号待ちの際に「三笠」の二文字が目に留まった。「行ってみるか・・・」 ...続きを見る

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2017/04/22 12:06
彼の地は今… SRT101北帰行 - 栗丘(5)-
さて、岩見沢方はというと、線路が進行方向に向かって右へ回り込んでいるため、中継信号機が設置されている。 ...続きを見る

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2017/04/20 08:12
彼の地は今… SRT101北帰行 - 栗丘(4)-
美しく弧を描いたレイアウトの栗丘を往き交う蒸機達の姿は今も印象に残っているが、栗山トンネルの崩落が駅の様相を一変させてしまったのだろう、交換駅としての機能を失った下りホームは跨線橋が封鎖されて渡ることさえできず、その惨状は目を覆わんばかり・・・ ...続きを見る

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2017/04/18 08:22
遠いあの日 「45年前の“今日”へ」 横屋
知る人ぞ知る、C11重連が走る樽見線。その最大の見せ場は、東大垣-横屋間にある揖斐川橋梁前後の25‰の大築堤。但し、セメント工場が休みで荷の少ない日曜日にしか撮影に行けなかったこともあって、その大築堤で重連のスジを待っていても、やってくるのはいつも単機牽引ばかり。それに日曜日だというのにファンにも出会わなかった。 ...続きを見る

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2017/04/16 01:23
彼の地は今… SRT101北帰行 - 栗丘(3)-
階段を上がってホームに出るや否や「あっ、やってしまった!」と思った。拙blog「40年前の・・・」にも既出で、それまで岩見沢行223レの発車シーンだとばかり思い込んでいた景色が反対方向の追分方に広がっていて、太陽の位置も同じ。とすると、C5738が牽くあの列車は自分が乗ってきた223レではなく、その後の上り列車ということか・・・ ...続きを見る

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2017/04/13 08:23
彼の地は今… SRT101北帰行 - 栗丘(2)-
建て替えられてしまって味気なくなった駅舎を通り抜けると、ガランとした空間の中に見覚えのある階段を見つけた。ホームへの唯一の出入口というのに、雪面に残された足跡が僅かなのが寂しい。 ...続きを見る

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2017/04/11 08:25
彼の地は今… SRT101北帰行 - 栗丘 -
ここまで、どちらかと言うと極めて私的な偏向的撮影地ばかり再訪している感があるが、それらの駅とは対極的なのが栗丘だ。実を言うと、栗丘にはあまりいい思い出がない。人が多かったのと、ろくな写真が撮れていないのがその理由なのだが、誰もが挙って下車した有名撮影地の現在もそれはそれで興味深いので、R234を再び岩見沢方面に車を走らせることにする。 ...続きを見る

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2017/04/09 09:05
彼の地は今… SRT101北帰行 - 由仁(4)-
麓のあの赤い腰折れ屋根の農家の辺りから小径をえっちらおっちら登ると、スキー場からこの雄大な景色が満喫できた。きっと、寝っ転がって松山千春の「大空と大地の中で」を、ひとり口ずさんでいたに違いない!と思ったが、松山千春のデビューは思いの外蒸機全廃後だった。 ...続きを見る

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2017/04/07 09:05
彼の地は今… SRT101北帰行 - 由仁(3)-
今は標準だけしかSRマウントのレンズを所有していないので、せっかく連れてきたのに今回なかなか出番がないミノルタだが、由仁でどうしても確かめたいと思っていた、その55mmレンズで撮った42年前のシーンがあった。 ...続きを見る

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2017/04/05 08:23
彼の地は今… SRT101北帰行 - 由仁(2) -
由仁は、由仁夕張川橋梁のある栗山方も反対側の古山方も俯瞰三昧だったのに加えて、広い構内を横断する歩道橋もあったので駅でのスナップにも向いていて、当時室蘭本線では一番時間を過ごした場所だったかもしれない。 ...続きを見る

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2017/04/03 08:21
彼の地は今… SRT101北帰行 - 由仁 -
栗シリーズのトップバッター栗沢には少々長居し過ぎてしまったこともあり、岩見沢から南下を始めたばかりだというのに早くも感傷的“各駅停車”の様相を呈してきてキリがないので、取り敢えず隣の栗丘は後でゆっくり訪れることにして、その次の栗山はパスすることにした。 ...続きを見る

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2017/04/01 09:12
彼の地は今… SRT101北帰行 - 栗沢(4) -
しっとりと雨に濡れる栗沢。駅の線路有効長を使い切ってしまわんばかりの長大な空セキ・トラと、上りコンテナの離合シーンは、現在のキハ40単行や2連の寂しいスジと比べると、まさに隔世の感がある。 ...続きを見る

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2017/03/30 08:21
彼の地は今… SRT101北帰行 - 栗沢(3) -
実はこの旅、ゆっくり準備をしている間もなくバタバタと出発したこともあって、蒸機時代の画を十分脳裏に焼き付けてから行った訳ではなかった。というわけで40年以上前の記憶だけに頼った結果、現地で当時の事を思い出せないことも何回かあった。栗沢駅もそんな場所のひとつ。しかし、旅から戻って当時のネガを調べ直してみると、この駅でも結構撮っていたことが分かった。 ...続きを見る

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2017/03/28 08:27
彼の地は今… SRT101北帰行 - 栗沢(2) -
栗沢と言えば、列車内からのロケハンで気になっていた場所が、お地蔵さんの他に当時もう一箇所あった。立派な山門のお寺で、同じくさよなら225レの前日12月13日にやっと撮影できたのだが、悪い予感は当たるもので、来る列車来る列車ことごとくDL牽引。唯1本下りの貨物を牽くDD51が廃車回送のD51を次位に従えて通過していっただけで、結局その日が最初で最後の撮影となってしまった。 ...続きを見る

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2017/03/26 10:02
彼の地は今… SRT101北帰行 - 栗沢 -
志文で上り1466Dを見送った後、駅の時刻表を見ると、すぐに下り岩見沢行がやってくるではないか。間隔が2-3時間は空くのがザラの現在の室蘭本線のスジでは、これは貴重だ。さてこの辺りだと何処で撮ろうかと考えてすぐに頭に浮かんだのは、C57135牽引さよなら225レが走る前日の昭和50年12月13日に彷徨った、隣駅の栗沢。 ...続きを見る

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2017/03/24 08:21
彼の地は今… SRT101北帰行 - 志文(2) -
これが、運炭路線としても万字線の分岐駅としてもその使命も終えた、この区間、そして志文駅の現実。 ...続きを見る

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2017/03/22 08:24
彼の地は今… SRT101北帰行 - 志文 -
「いつ新しい駅舎になったんですか?」 雪の中、岩見沢駅まで迎えに来てくれたレンタカー会社の若いスタッフに聞いてみた。「もう10年近く経つと思います。前の駅は火事で焼けてしてしまって、長い間プレハブの仮駅舎のままでした。」予想だにしていなかった返答に愕然とする。「えっ?追分機関区だけでなく、岩見沢駅までも・・・」 言葉を飲み込み、気を取り直して手続きを済ませると、追分方面へと車を走らせる。 ...続きを見る

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2017/03/20 12:05
彼の地は今… SRT101北帰行 - 岩見沢(2) -
「いわみざーわ、いわみぃざぁ〜わぁ、岩見沢 岩見沢です。」独特な節回しの到着アナウンスとあの活気はどこにいってしまったのだろう。ガランとした岩見沢一区跡を望む7番ホームから、跨線橋を渡り改札口に向かう。ところが、偶然にも短い編成同士の見覚えのある光景を目の当たりにする。デジャヴ・・・C57こそいるはずがないが、今目の前で展開されているのは、まさにあの夜の再現ではないか。急いでザックからミノルタを取り出して、手持ちでシャッターを切る。 ...続きを見る

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2017/03/18 08:22
彼の地は今… SRT101北帰行 - 岩見沢 -
北斗19号から札幌でスーパーカムイ43号へと乗り継ぎ、1日目は旭川泊。せっかくなのでと、ちょっぴり欲が出て翌日は約17年ぶりに宗谷ラッセルの撮影に充てることにした。ところが、C11171の不具合による冬の湿原号の牽引機変更の影響もあるのだろうか、平日というのに結構な人出。週末は更に混雑することが予想され、早めに切り上げて本来の目的である私的感傷旅行に戻ることにする。 ...続きを見る

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2017/03/16 08:24
彼の地は今… SRT101北帰行 - 函館(2) -
1時間余り船内で過ごしただろうか、操舵室などには全く興味がなく、専ら船室やデッキ、乗船口のタラップ等々で、40年余り前の「3時間50分の旅」の記憶の糸を手繰るための時間だったように思う。 ...続きを見る

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2017/03/14 08:21
彼の地は今… SRT101北帰行 - 函館 -
はやぶさ11号は、さしたる感動もなくあっけなく青函トンネルを抜けた。 海峡を渡る儀式にこだわってみたものの、これでは拍子抜けだ。それよりも、盛岡を過ぎて一気にガラガラになったJR北海道の看板列車の乗車率の方が心配になってくる。東京からわざわざ4時間かけて行く人は少数派なのだろう。 ...続きを見る

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2017/03/12 09:06
彼の地は今… SRT101北帰行
いよいよ定年退職が迫った2月のある日、カレンダーを眺めていると、エアポケットのように週末を挟んで会議等の予定がない日が何日かあった。「これはもう行くしかない・・・」 職場の同僚や上司の迷惑も顧みず半ば強引にこう決めると、諦めかけていたあるプランを実行に移すことにした。 ...続きを見る

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2017/03/10 08:22
薄雪の中在家(2)
信号場で出会った臨単の事などすっかり忘れかけていた時、突然「鉄道ファン」増刊号の ダイヤに載っていない下りの団臨が、オールグリーンのお座敷編成で猛然と登ってきた。 ...続きを見る

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2017/02/21 07:16
薄雪の中在家
煙室扉の前に載っかっている雪塊は、雪ダルマの残骸だろうか? ...続きを見る

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2017/02/09 08:20
寒村を往く
この町のことを寒村などと言ったら、きっと叱られることだろう。 ...続きを見る

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2017/01/25 08:23
6th Anniversary 撮影余話(1)
このブログを始めたのはちょうど6年前の元旦のことですが、きっかけの一つがRail Magazine誌前編集長名取紀之氏の名物ブログ「編集長敬白」の「32年前の“今日”へ -1974年北海道の旅-」の記事であることは、以前にも書きました。その「編集長敬白」が年末を以て終了というサプライズで幕を閉じた2016年。ブログ終了の理由が名取氏の定年退職と知って、これまたビックリ。ということは全くの同い年、当然ながら定年もほぼ同じタイミングです。 ...続きを見る

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2017/01/01 08:11
あすなろの峠路(4)
クリスマスイブから降り続いた予想外の大雪で、峠のアスナロの木立も すっかりクリスマスツリーに変身。 ...続きを見る

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2016/12/23 12:11
遠いあの日 「45年前の“今日”へ」 加太
45年前の“今日”、昭和46年12月19日。まだ真っ暗な草津で東海道線から乗り継いだのは草津線の始発722レ。おそらく大半が京都・大阪方面からなのだろう、D51654[奈]の次位の旧客のボックスは既に多くのSLファンで埋まっている。この日は、言わば加太のリターンマッチ。何故なら初めての加太撮影行は、友人Ic君が寝坊して2時間以上も現着が遅れてしまったのだ。今回はIb君とのコンビで、彼はちゃんと早朝4時の待ち合わせに来てくれて、予定通りの列車に乗ることができたというわけだ。 ...続きを見る

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2016/12/19 08:16
庫の構図、七尾(12)
細身のボイラからはみ出しそうな、大きな形式入り赤ナンバーが特徴の七尾区の 124号機も、テンダ側は普通のプレートなのが惜しい。 ...続きを見る

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2016/12/17 12:23
永遠の12月(3)
あっという間に室蘭線を席巻してしまったDD51の影に怯えていた、あの12月。 ...続きを見る

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2016/12/14 08:22
D51264の肖像
その音、熱気、匂い、電気機関車にはない無骨で重厚な独特の雰囲気。 それら全ての圧倒的な存在感に、瞬時に虜になった。 ...続きを見る

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2016/12/05 08:18
スワローエンゼルが走った日(8)
こうして見ると、SLブーム真っ只中のそれもC62の2号機だというのに、どこかゆったりとした時間が 流れているように感じる。 ...続きを見る

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2016/11/02 08:21
スワローエンゼルが走った日(7)
この日は大阪駅での停車時間を利用して、到着と発車の二兎を追うことにした。 ...続きを見る

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2016/10/30 05:52
関ヶ原を越えたデゴイチ(5)
関ヶ原越えの「いもほり号」に充当されたのは、何故か毎回カマボコドームの、D51903[稲一]だった。 転線する米原の構内は、交直接続にも活躍したことがあるという同機にとっては勝手知ったる地。 ...続きを見る

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2016/10/21 19:46
関ヶ原を越えたデゴイチ(4)
ホームで見守る人々の服装もそうだが、「いもほり号」という列車名も昭和を感じさせる。 ...続きを見る

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2016/10/18 08:21
遠いあの日 「45年前の“今日”へ」 敦賀
最愛のC58達がいなくなってしまう・・・それは、日本中のSLファンを熱狂させた「ニセコ」のさよなら三重連が走ってから10日後のことだった。名実ともに日本最大のスターC62とは対照的に地味なC58だが、若狭の四季とりわけ冬の真っ白なカンバスの中を走った小浜線の蒸機達は、未だ見ぬ憧れの北の大地を彷彿させ、蒸機への熱き想いを確固たるものにしてくれた、何物にも代え難い身近な存在だった。 ...続きを見る

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2016/09/24 09:03
丹後のキューロク
昨年のキューロクの日も今年のハチロクの日も、蒸機ブログの諸先輩方提唱の記念日 の輪に加われなかった不義理の反省から、今度こそ忘れないように選んでおいたのは、 最近はWebで目にする機会も少なくなった、丹後の老兵。 ...続きを見る

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2016/09/06 08:21
万博の頃(2)
大阪万博からの帰路。113系の車窓から見えたのは、亀山のC58の中では意外にも少数派だった 重油併燃装置付きの267号機。夕方の草津線客726レ牽引まで、草津駐泊所で一服中。 ...続きを見る

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2016/08/22 08:21
万博の頃
1970年と言えば、日本中が万博に踊った年。御多分に洩れず家族で行くことになったが、入館 待ちの長蛇の列に加わる気もせず、行き帰りの東海道本線の車窓から見えるはずの蒸機との 出会いだけが楽しみだった。 ...続きを見る

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2016/08/19 08:17
西舞鶴のC12
入換が一段落して、ひと休み。西舞鶴のC12はこの51号機をはじめ、二桁の機番 が記憶に残っているが、動態化が待ち遠しい明智のC12244も、西舞鶴区に在籍 したことがあるという。 ...続きを見る

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2016/08/10 08:25
由仁の丘から(6)
スキー場からは、由仁の発車シーンも見下ろすことができた。 ...続きを見る

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2016/07/29 08:21
由仁の丘から(5)
冷蔵車を連ねて、力行しながら由仁駅にアプローチするD51。 ...続きを見る

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2016/07/20 08:21
遠いあの日 「45年前の“今日”へ」 美濃本巣
45年前の今日、昭和46年7月11日。父の運転する原付二種のカブは、時折追い越していくダンプの風圧に煽られながら、ノロノロと関ケ原を越える国道を登っていた。僕はと言えば、珍しく雑誌に詳細が載っていた樽見・赤坂両線の貨レの時刻に思いを巡らせながら、荷台のタンデムクッションにしがみついていたはずだ。 ...続きを見る

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2016/07/11 08:21
あの夏の日
炎天下、この日唯一の走行写真となる下り貨物が去っていく。 ...続きを見る

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2016/07/03 08:07
亀山のC50
贅沢なことに、亀山や奈良の集煙装置付きD51・C58を見飽きていたこの時は、加太の大築堤での 撮影を早々に切り上げて、お目当てのカマを見に行った。 ...続きを見る

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2016/05/13 12:19
薫風の加太越
この日は相棒が寝坊して、予定していた始発に乗れず、2時間も遅れての現着となってしまった。 加太駅に着くや否や歩き始めても、大築堤にたどり着く前に、最初の後補機付き下り貨物783レが 余力を残し気味の快速で駆け上がってきた。 ...続きを見る

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2016/05/03 08:32
くろすけ頑張る
次々にやってくる、朝の下り蒸機牽引客レ。その一番手は、信楽線にも入線するC58の仕業。 ...続きを見る

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2016/04/09 08:25
春霞
変化に乏しい沿線風景。集落に見つけた茅葺き屋根の民家も、俯瞰でしか蒸機と 絡められそうにない。 ...続きを見る

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2016/03/28 08:23
昼下がりの単機
貴生川の昼下がり。信楽線の仕業を無事終えたC5851と、亀山区の同僚・貨6785レのD51759 との出会い。 ...続きを見る

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2016/03/22 05:21
浜田のシゴナナ
貴婦人のよう、などと思ったことはない。僕にとってC57の印象は、1,750mmの 大動輪に象徴される男性的なダイナミズム。 ...続きを見る

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2016/03/13 18:32
時間旅行 ’89 -’74冬 (8)
短い編成だが、能登中島を発車してすぐの大カーブを全力で加速し、前途の25‰に挑む。 ...続きを見る

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2016/03/01 10:07
時間旅行 ’89 -’74冬 (6)
昭和49年2月。能登のポニー達にとって、最後の冬。 ...続きを見る

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2016/02/21 09:27
時間旅行 ’89 -’74冬 (4)
日曜日の朝。貨161レの到着から程なくして、キハ55を先頭にした上りの336Dがホームに 滑り込んできた。 ...続きを見る

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2016/02/15 08:23
時間旅行 ’89 -’74冬 (2)
見下ろす朝の賑わい。駅前の高台には高校があって、俯瞰にはちょうどおあつらえ向きだった。 ...続きを見る

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2016/02/06 14:41
5th Anniversary 撮影余話(5)
2015年の中から選ぶとすると、やはり 3月と12月の「40年前の“今日”へ」シリーズ(?)の中からとなるでしょうか。実はこのブログを始めたきっかけのひとつが、「32年前の“今日”へ。- 1974年北海道の旅 -」でした。2006年の3-4月にRail Magazine誌前編集長名取紀之氏のブログ「編集長敬白」に連日UPされ、単行本(潟lコ・パブリッシング)化もされた感動の北海道SL撮影旅行記です。こんな楽しみ方もあったのか!と、いたく感銘し、自分も機会があれば同じように“あの頃”を振り返っ... ...続きを見る

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2016/01/13 08:36
5th Anniversary 撮影余話(4)
珍しく雨の日の写真、それも大雨。2014年UPの中からは、この倉吉のC11をピックアップしてみました。昭和49年・高2の春休み、山陰への単独撮影行からの1枚です。本州最後の蒸機の牙城となった山陰には、D51だけでなく、C57、C56、そしてこのC11と何種類ものカマが残ってくれていたのに加えて、ちょうどそれらの線区をカバーする山陰均一周遊券の設定があり、北海道周遊券の半額以下の価格も魅力でした。 ...続きを見る

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2016/01/10 12:06
5th Anniversary 撮影余話(3)
初めて渡道した3月と比べると、2回目の昭和50年7月の北海道は少々退屈な日々だったように思います。道北・道東からはことごとく煙が消えてしまっていたことに加えて、今思えば贅沢な話ですが、写欲をそそられる大好きな冬でもなかったからです。2013年UPの中からは、そんな夏の北海道撮影行で記憶に残っているカットとして、この1枚を選びました。 ...続きを見る

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2016/01/07 08:03
5th Anniversary 撮影余話(2)
2012年UPの中からは、この写真を選びました。被写体は数あれど、とりわけモノクロ写真では、雪と蒸機ほどベストなコンビネーションはないと生意気にも中学生の頃から信じて疑わなかったのですが、昭和45-46年に宮津・小浜両線から相次いで蒸機が姿を消した後は、越美北線と七尾線だけが比較的身近で雪が期待できる路線でした。しかし、残念ことに越美北線のハチロク最後の冬は明らかな暖冬でした。 ...続きを見る

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2016/01/04 08:19
5th Anniversary 撮影余話(1)
毎年正月は、前年UPした記事をいくつか選んで振り返るのですが、開設から5回目の正月を迎えた今年は、過去に取り上げなかった記事の中から、何かしら記憶に残っている写真を各年1枚・計5枚選んで、レタッチし直してみることにしました。先ずは2011年UPのこの写真から。 ...続きを見る

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2016/01/01 00:25
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 永遠 -
昭和50年12月24日(水) ==================== 夕張線から京都に戻って一週間後。この日は、テレビもない四畳半の下宿部屋で特別な夜であることすら意識していなかったのか、それとも離道直前に入手したかもしれない情報で悶々とした夜だったのか。その後雑誌で、ストロボが目一杯焚かれて平板な報道写真然とした6788レのD51241の写真を見るにつけ、そんな喧騒を避けて「最期」を見届けなかったことを、これでよかったんだと自分自身に言い聞かせて、無理やり正当化しようとしていたことだ... ...続きを見る

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2015/12/24 23:09
感傷的 「“40年前” に会いに行った日」 - 運命 -
それは全くの偶然から始まった。5年毎に夏の京都で開催されるのが通例の大学鉄研のOB同期会が、今年は12月にあるという。師走とは思えない陽気の週末。ところどころ紅葉が残る加太越を、往時のキハ35の喘ぎとは比較にならない俊足で、2連のキハ120がエキゾーストノートも軽やかに登っていく。週末に京都方面へ行く時は、関西・草津線経由で一人のんびり向かうのが、ここのところのパターンなのだが、距離的に優位な関西鉄道の流れを汲む路線だけあって、のんびりと言っても各停でも十分ポテンシャルの高さを実感できる。 ... ...続きを見る

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2015/12/20 12:07
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 旅の終り -
昭和50年12月16日(火) ==================== ミーティングこそ好きになれなかったが、北海道の撮影行には欠かせなかったユースホステル。その毎晩のミーティングで決まって歌われる定番曲のひとつに、「旅の終り」(*)があった。 「北の国の少女たちと過ごした夢のせつな・・・」 当然のことながら、僕の夢のせつなの相手は少女ではなく蒸機だった。 「こんなつらい旅なんてもういやだ 旅を終わろう・・・」 最後のフレーズもまた、未練を断ち切るように敢えて「最期」を見届けなかった、夕... ...続きを見る

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2015/12/16 08:22
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 白い記憶 -
昭和50年12月15日(月) ==================== 意外と未練がましくはなかったように思う。「協調運転など見たくない・・・」前夜夕張で見たDD51が、そう決断させたのだろう。それにこの日からは分散していたファンが夕張線に集中するであろうことは容易に想像できた。身勝手な考えだが、まるで夢のような夕張駐泊所で過ごしたデゴイチ達との静かで濃密な時間の記憶を、自分だけのものにしておきたかったのかもしれない。僕は、この日を最後に蒸機に別れを告げることにした。ただ、駐泊所での撮影... ...続きを見る

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2015/12/15 08:21
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 晩照 -
昭和50年12月14日(日) ==================== 追分で228レを見送った後の行動は何故か記憶になく、確かにネガに何も記録が残っていない。ただ、まるで冷凍庫のように凍てついた追分駅前の公衆電話ボックスから、大学の同級生S君に電話して、頼んでおいた授業の「代返」の結果を聞いた夜のことは、今でもピンポイントでよく覚えている。結末は推して知るべしで、「バレた。」のひと言。あれは13日の夜だったのだろうか?だとしたら、とことんツイてない一日だったことになる。 ...続きを見る

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2015/12/14 08:20
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 228レ -
昭和50年12月13日(土) ==================== カメラ修理を依頼したお店は住宅街にあり、そこへのアクセス最優先で選んだ中の島YHを発って、先ずは無事修理の上がったコーワシックスをピックアップした後、この日は栗沢の栗丘寄りから撮影を始めて、蒸機牽引が確実な225レには間に合った。牽引機はギースルのD51953[岩一]で、このカマが客レを牽引した最後のD51。あまりピンとこない屁理屈をこねたような表現の「最後」なので、D51241やC57135の「最後」とは知名度は天... ...続きを見る

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2015/12/13 09:21
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 不覚 -
昭和50年12月12日(金) ==================== この日は朝早く夕張の木賃宿を発った。寒くてろくに寝られず、起きてみれば水道が当たり前のように凍結していて、歯を磨くどころかトイレの後に手を洗うことさえできなかった。さもありなん、鉄道ジャーナル昭和51年4月増刊『蒸気機関車の最後』の、広田尚敬氏のフォト・ドキュメント「終曲」を読み返してみて、興味深い記述を見つけた。紅葉山の駅前旅館に泊まっておられたという氏によると、12月11日の夜明け前は星がきれいで、マイナス18℃... ...続きを見る

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2015/12/12 08:50
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 桃源郷 -
昭和50年12月11日(木) ==================== DD51の気配すらない夕張線にすっかり気をよくして、前日とほぼ同じパターンの行動で、この日はナメクジの牽引だった室蘭線の225レと、1297レだろうか無火のD51を従えた貨物の発車、それに構内除雪の予行演習をしていると思しきキューロクの姿を、それぞれ追分で撮ってから、13:57発の731Dで夕張駐泊所へ向かった。途中、沼ノ沢で交換した貨5784レの先頭に立っていたのもD51で安堵する。 ...続きを見る

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2015/12/11 08:17
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 白魔 -
昭和50年12月10日(水) ==================== 通常はD51が牽くこの列車が、14日の日曜日にC57牽引でさよなら列車となるという情報は、渡道直後に入手していた。思うように蒸機に出会えなかった前日のトラウマもあったのかもしれない、この日は道央の常宿・札幌ハウスYHを遅めに発って、蒸機牽引が堅いその225レから撮影を始めたようだ。いや、ひょっとしたら225レまで全て“空振り”だったのかもしれない。 ...続きを見る

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2015/12/10 08:22
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 現実 -
昭和50年12月9日(火) =================== 大枚1,000円也の連絡船グリーン指定で贅沢をした直後とあっては、渡道初日の夜の「からまつ」富良野ターンは当然の帰結だった。札幌、いやひょっとしたら終点小樽まで惰眠を貪ったのだろうか、寝惚け眼で岩見沢へUターンして目にした室蘭本線224レは、もしや・・・と思ったが、C57の姿があろうはずもなかった。外では美しい粉雪が舞い、スハフの車内では女子高生達の姿が眩しかった。こんなシーンを蒸機牽引列車で撮れたら・・・と思っても、時... ...続きを見る

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2015/12/09 08:21
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 別れの刹那 -
昭和50年12月8日(月) =================== 滝川10:00着。一旦改札を出た際に回収されてしまったのだろうか、何故か指定席券は残っていないが、青函11便から乗り継いだのは、間違いなく1D「おおぞら1号」だったはずだ。一気に滝川までやって来たのには理由があって、10月発刊の最新版「SLダイヤ情報」に、9600のDE10への置き換え時期が「12月上旬頃」と書いてあり、キューロクの最後の本線走行シーンを撮っておきたかったからだ。 ...続きを見る

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2015/12/08 08:02
感傷的 「40年前の“今日”へ」 - 旅立ち -
大学生活にはだいぶ慣れた。しかし全く意外だったのは、喜び勇んで入会した鉄研のメンバーに純粋なSLファンが見当たらなかったことだ。それに、気が気ではなかったのは、確実に「その時」が忍び寄っていたからだ。インターネットなんて影も形もない時代、完全無煙化のタイミングを予測する記事が鉄道雑誌各誌の誌面を賑わせていた。当初は秋までとも言われていたが、「最後の砦」北海道に辛うじて残った蒸機達は、幸いにも延命しているようだった。「もう一度、雪と蒸機が撮れるかもしれない!」暖冬だった3月に中途半端に初体験し... ...続きを見る

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2015/12/07 00:15
スワローエンゼルが走った日(6)
忍び寄る薄暮を振り切るように、東へダッシュするシロクニ。 ...続きを見る

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2015/11/30 23:51
スワローエンゼルが走った日(5)
轟音にかき消されてしまったが、コンテナ貨物に突然視界を遮られて、順光側の線路端に陣取ったカメラの放列のあちこちからは、大きな落胆のため息が漏れていたはずだ。 ...続きを見る

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2015/11/20 08:17
スワローエンゼルが走った日(4)
終着姫路に到着。機関区で憩うスーパースターを大勢のギャラリーが取り囲む。 ...続きを見る

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2015/11/17 06:26
スワローエンゼルが走った日(3)
朝から好天に恵まれた運行2日目は、撮影地に選んだ須磨に向かう電車の中で日の出を迎えた。日曜の早朝にもかかわらず、車内は釣竿とクーラーボックスを持った常連さんに加えて、この日ばかりは三脚と銀箱も物々しいSLファンで賑わっていたように思う。 ...続きを見る

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2015/11/04 08:11
スワローエンゼルが走った日(2)
結局、垂涎ものの「夜のシロクニ」を撮ることもなく、何故か往路のみで切り上げてしまった運転初日。そう、ちょうど43年前の今日、昭和47年10月22日のことだ。 ...続きを見る

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2015/10/22 23:34
スワローエンゼルが走った日
早朝の京都駅コンコース。ある立て看板を見つけて、僕は一人ほくそ笑んだ。「よしよし、やっぱり夢なんかじゃない。今日はあのスワローエンゼルが本当に走る日なんだ!」 ...続きを見る

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2015/10/21 00:13
我が心のC58171
小浜線を受け持つ敦賀一区や福知山区のC58達の中でも、171号機は常に特別な存在だった。晩年の少々薄汚れた姿でさえ、ステンレスの手すり等にロイヤルエンジンとしての誇りと威厳を感じたものだ。 ...続きを見る

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2015/09/24 08:05
消えた最北のC55(2)
できるだけ綺麗に撮ってあげたい・・・との思いで、この構図を選んだ。 ...続きを見る

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2015/09/18 08:04
消えた最北のC55
国鉄稚泊航路そして稚内桟橋駅なきあとも、利礼航路の東日本海フェリーを見守ってきた北防波堤ドーム。 ...続きを見る

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2015/09/12 09:06
ゼブラの残像(6)
背後の特徴ある貨車は、大垣電車区のゼブラ達とは顔なじみの美濃赤坂駅常備のテム300。C11にとってはお得意さまの荷、生石灰からの引火防止のための鉄製有蓋車とか。 ...続きを見る

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2015/07/26 09:17
ゼブラの残像(5)
これほど警戒塗色のカマが似合う路線、そして駅も珍しいのではないだろうか。 ...続きを見る

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2015/07/17 21:28
ゼブラの残像(4)
この角度からだと、さすがにグロテスク・・・などと、忌み嫌うことなかれ。 ...続きを見る

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2015/07/11 08:06
ゼブラの残像(3)
一見“それ”とは気づかない、155号機のすっきりとしたサイドビュー。 ...続きを見る

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2015/07/07 08:02
7月の彩り(4)
大動脈の東海道本線のスジを掻き分けて、一面の若苗色の中を滑るようにやってきたのは、長い貨物を牽くC11。 ...続きを見る

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2015/07/01 08:08
ゼブラの残像(2)
この358号機は、隣にチラリと写っている355号機と比べて、控え目な警戒色。 ...続きを見る

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2015/06/21 08:14
大築堤の印象
この場所に立つのは、その重厚さを増幅してくれる曇天の日を、敢えて選びたい。 ...続きを見る

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2015/05/27 08:30
庫の構図, 亀山
亀山の象徴は、この巨大なガントリークレーンと給炭槽。 ...続きを見る

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2015/05/19 07:27
流し撮り記念日
歴史を感じる重厚な石積みの橋脚、そして緑色のガーダーが背後の山の新緑と調和して美しい、黒河川橋梁。 ...続きを見る

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2015/04/28 08:02
機材アーカイブ '72, 横屋
樽見線の上りSLさよなら列車を待ち構える人、人、そしてまた人。これでも、逆機となる上り列車を待ち構える人出は、下りに比べるとかなり少なめだった。その揖斐川堤防上の右手をよく見ると、白っぽい服を着た自分が135mm付きのミノルタSR-T101のファインダーを覗いている。高1になったばかり、丸刈りから髪が少し伸び始めた頃だ。 ...続きを見る

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2015/04/22 08:01
4月の別れ(8)
普段はひっそりとして、SLファンと会うことすら珍しかったというのに、ヘリコプターまで舞うこの日の喧噪。 ...続きを見る

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2015/04/19 08:54
4月の別れ(7)
磨き上げられた、この日の主役C11155[垣]。誇らしい伝統の青ナンバーと、すっきりした秀逸なデザインのヘッドマークに、大垣電車区の職員の方々のカマへの愛情が感じられる。 ...続きを見る

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2015/04/16 08:21
ゼブラの残像
この線の印象は、トラ塗りのC11と、少々くたびれたキハ17。 ...続きを見る

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2015/04/13 08:02
D51vs.EF58
D51とEF58の競争・・・のようにも見えるこのシーン、実は梅小路から草津線に入る貨物列車の牽引機交代風景。 ...続きを見る

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2015/04/07 08:03
梅咲く頃
ミキストの来る小駅で見つけた、 野に咲く梅。 ...続きを見る

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2015/03/29 23:05
私的「40年前の“今日”へ」エピローグ
人間の記憶なんて実にいい加減なもので、この撮影記を書き始めてみると、「大雪くずれ」だと思い込んでいたカットが反対方向の522レだったり、沼ノ沢でのハプニングも、よくよく考えてみれば、あの日は日曜でヤマが操業しておらず貨物はウヤだったはずで、客レどころか真谷地のキューロクを撮ったこと自体が、偶然の産物だったことが分かったりした。 ...続きを見る

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2015/03/18 23:47
私的「40年前の“今日”へ」渡道15日目
昭和50年3月17日(月) ================== いよいよこの日は、蒸機撮影に充てることができる最終日。網走から上り「大雪5号」で南下して、最初に訪れたのは、有名な定番ポイントのひとつ、白老-社台間にある社台ファーム。このカットに写っているのはD51牽引の下り客レなので、225レなのだろう。 ...続きを見る

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2015/03/17 23:31
私的「40年前の“今日”へ」渡道14日目
昭和50年3月16日(日) ================== この日は、相生線の8791レが力行しながら終点北見相生に進入するところから、撮影を始めている。この下り臨貨は美幌11:50発なのに、先行するひとつ前の723Dは美幌7:25発と非効率極まり無いので、泊まっていた美幌ユースホステルで路線バスの時刻を調べた上で、ゆっくり朝食をとってから、13:30着の8791レが来る少し前に北見相生に着いた・・・というパターンだったと思う。 ...続きを見る

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2015/03/16 23:35
私的「40年前の“今日”へ」渡道13日目
昭和50年3月15日(土) ================== 未だまともに撮れていない石北本線のC58をじっくり狙うつもりで、久しぶりに下り「大雪5号」の人となり、この日は美幌のひとつ手前の緋牛内で1527レを下車した。渡道3日目の失敗のリベンジのために、この駅を選んだようだ。旭川行の522レは約30分後にやってきて、確かに都合がいい。 ...続きを見る

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2015/03/15 23:27
私的「40年前の“今日”へ」渡道12日目
昭和50年3月14日(金) ================== 上り「利尻」を一夜の宿に、音威子府から再び南下して夕張線を再訪したこの日は、性懲りも無く竜仙峡で数日前と同じような写真を撮った後、紅葉山近辺をウロウロして、午後は十三里寄りのこの夕張川の河原で過ごしたようだ。 ...続きを見る

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2015/03/14 23:15
私的「40年前の“今日”へ」渡道11日目
昭和50年3月13日(木) ================== 前の晩は、ユースホステルに到着したのが門限ぎりぎりだったため、夕食にはありつけなかったのだが、玄関を入った途端に「ああ、これのことか!」と分かる、聞きしに勝る「カレーユース」ぶりには思わず苦笑。正に百聞は一見に・・・いや、一「嗅」にしかず。 ...続きを見る

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2015/03/13 23:58
私的「40年前の“今日”へ」渡道10日目
昭和50年3月12日(水) ================== この日は、再度斜内山道へ向かうも、一昨日までかろうじて岸にへばりついていた名残りの流氷も完全に去ってしまっていた。8981レは昨晩浜頓別の庫で会った、薄汚れたトラ塗り79642[名]の牽引。12.8‰の勾配とは思えない力闘ぶりには感動したものの、あくまで流氷狙いだったためか、もったいないことに返しの8982レも撮らずに、興浜北線を後にしている。 ...続きを見る

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2015/03/12 23:55
私的「40年前の“今日”へ」渡道9日目
昭和50年3月11日(火) ================== この日は国鉄最長駅間として有名な天北線の小石-曲淵の小石側で1791レ、曲淵側で1792レと、サミットに挑む2本の貨物を撮影した。丘陵の雪の斜面を登ってかなり高度を稼いでいた1792レの撮影ポイントから、撮影後ふと西の空を見ると、薄曇りにもかかわらずシルエットの秀麗な山容が見えて、「えっ、利尻山?こんな所からも見えるの!?」と、渡道してから知り合って道北の行動を共にした人と二人で顔を見合わせ、感嘆の声をあげた。 ...続きを見る

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2015/03/11 22:12
私的「40年前の“今日”へ」渡道8日目
昭和50年3月10日(月) ================== この日はいよいよ今回の旅の本命、偶数日に貨物のスジがある興浜北線に入るべく、深夜3時過ぎに音威子府で下り「利尻」から天北線の始発721Dに乗り継ぐ。この列車は浜頓別から分割され、興浜北線の始発921Dとして北見枝幸行となるので、正におあつらえ向きだ。 ...続きを見る

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2015/03/10 21:51
私的「40年前の“今日”へ」渡道7日目
昭和50年3月9日(日) ================= この日も前日に続き、紅葉山-沼ノ沢間から撮影をスタートしているが、ユースホステルの宿泊記録がないので、深夜2時半の「からまつ」富良野折り返しを敢行したのかもしれない。因みに初めての渡道でこんな裏技など知っている訳も無く、撮影地で出会った人達に教えてもらったはずで、特に道北から煙が消えたこの年の夏以降は非常に重宝した。 ...続きを見る

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2015/03/09 22:54
私的「40年前の“今日”へ」渡道6日目
昭和50年3月8日(土) ================= 前夜は交通至便で雰囲気も比較的気楽な、サッポロハウスYHにこの旅2回目の宿泊。このユースホステルには何とエレベーターまであって、言わば相部屋のビジネスホテルのようなもの。朝はゆっくりめに出かけたようで、岩見沢からC5757[岩一]の牽く224レに乗り、追分から729Dで夕張線に入った。 ...続きを見る

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2015/03/08 22:50
私的「40年前の“今日”へ」渡道5日目
昭和50年3月7日(金) ================= 3日前の雪の幌内の印象が強烈だったので、再現を期待して上り「大雪5号」で南下し再訪してみると、すっかり除雪されてしまっていて、春のような陽気とやや汚い残雪にがっかり。歴史を感じる幌内の駅舎前にも、雪がうずたかく積まれていた。 ...続きを見る

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2015/03/07 22:13
私的「40年前の“今日”へ」渡道4日目
昭和50年3月6日(木) ================= 前日は網走の天都山にある友愛荘ユースホステルに泊まったため、一石二鳥で天都山から夕方の湧網線1991レを俯瞰したりして、午前中の常呂の流氷も含め、事前のプランニング通り、珍しく効率よく事が運んだ一日となった。 ...続きを見る

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2015/03/06 22:18
私的「40年前の“今日”へ」渡道3日目
昭和50年3月5日(水) ================= 前日は、大雪に見舞われた幌内で暗くなるまで粘って、後ろ髪を引かれながらも中央バスの最終で三笠に戻り、この日の宿となる下りの「大雪5号」に乗るために札幌へと向かった。この列車は北見から普通列車となるものの、オロハネ10をはじめ、ハネ・ロザをも従えた堂々の急行編成のまま、C58牽引で終着網走を目指す、ご存じ「大雪くずれ」。 ...続きを見る

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2015/03/05 22:27
私的「40年前の“今日”へ」渡道2日目
昭和50年3月4日(火) ================= 渡道初日は栗丘での撮影を早めに切り上げ、岩見沢へ移動。駅のホームから岩見沢一区のカマ達を少し撮っただけで、あまり充実感がないままサッポロハウスという札幌駅近くのユースホステルに投宿した。2食付1,900円+冬季暖房料金150円也。確かビジネスホテルのような新しいユースホステルだった記憶があるが、念のためWebで検索してみると、驚いたことに今も当時と同じ建物のまま健在のようだ。 ...続きを見る

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2015/03/04 22:03
私的「40年前の“今日”へ」渡道初日
昭和50年3月3日(月) ================= 日本海縦貫線のクイーンこと4001M「白鳥」は、日付が切り替わる直前の23時50分に青森に到着した。すぐに青函連絡船11便が接続している。と、ここで大失態。連絡船桟橋へと急ぐ乗り継ぎ客につられて、凍結したホームでいきなり大転倒。結んでいなかった自分のキャラバンシューズの紐を踏んづけてしまったのだ。連絡船グリーン券500円也を持っているので、急ぐ必要など全くなかったのに、渡道する前にズボンは真っ黒け。何とも情けないスタートとなっ... ...続きを見る

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2015/03/03 20:39
私的「40年前の“今日”へ」プロローグ
「Rail Magazine」誌前編集長、名取紀之氏の「32年前の“今日”へ-1974年北海道の旅-」を、ブログ「編集長敬白」で初めて読んだ時のインパクトと感動たるや相当なもので、実際今でも、『気がつくと「十和田51号」は、・・・』で始まる結びの一節を読み返すと、「あの頃」の自分と重ね合わせて、熱いものが込み上げる。 ...続きを見る

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2015/03/02 21:20
永遠へのカウントダウン
泣いても笑っても、この渡道が最後。無意識に、本線を走っているようなフレーミングで、入換仕業のキューロクをとらえようとしていた。 ...続きを見る

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2015/02/26 23:29
SLブームの頃 '76, 追分
「SL撮影指定場所 ◎線路内には絶対に入らないで下さい。」の立看板の傍らで、79602[追]にカメラを向けているのは、同級のA君、そしてU先輩だろうか? ...続きを見る

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2015/02/18 00:06
ハチロクのアングル
大正末期生まれの老機、88623[福]の晩年。近寄って観察すると、ボイラーに刻まれた年輪が、少々痛々しい。 ...続きを見る

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2015/02/09 22:46
45年の原点
生まれて初めて蒸気機関車に会いに行き、本物の汽車を見た記念すべき日、昭和45年1月25日。そう、ちょうど45年前の今日も日曜日だった。 ...続きを見る

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2015/01/25 22:55
4th Anniversary 撮影余話(1)
今日で開設から丸4年経った拙ブログですが、ここ1-2年は更新頻度が下がり気味にもかかわらず、愛想を尽かさずご来訪いただきました皆々様に御礼申し上げます。さて、ということで今年の正月も、前年UPした写真をいくつかピックアップして、一年を振り返ることにします。 ...続きを見る

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2015/01/01 09:33
柘植のムード(4)
草津からやってきた貨788レのD51646[亀]。加太越えに備えて、機関助士が整炭作業を始めた。 ...続きを見る

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2014/12/30 23:43
柘植のムード(3)
柘植のムードを演出する木造の好ましい信号扱所に見守られ、加太越えに挑まんとする、荷44レのD511013[奈]。 ...続きを見る

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2014/12/27 22:36
永遠の12月(2)
あの特別な12月の、特別な2日間に立ち会うことができた幸運な人達は、必ずしも多くはないだろう。 ...続きを見る

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2014/12/24 00:04
機材アーカイブ '71, 加太
まだ二両のD51の煙が漂い残る、43年前の加太での至福のひととき。思えば「今度の日曜日は何線に行こうか・・・?」と、まだ見ぬ撮影地に思いを馳せていた、中学生のこの頃が一番楽しかった。 ...続きを見る

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2014/12/20 23:06
後補機の構図(14)
山峡の静寂を破る二重奏。好調な本務機の煙を追いかけるように、負けじと続くはD51832[奈]、白煙の競演。 ...続きを見る

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2014/12/17 22:40
永遠の12月
追いかけても追いかけても、もう決して手の届かない世界へと 旅立とうとするのか。 ...続きを見る

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2014/12/14 22:32
終煙の刻(7)
もとより、撮影プランなど無いに等しかった。それどころか、もはや蒸機に遭遇することすら、困難になってしまっていたというのが正しい表現だろう。 ...続きを見る

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2014/12/11 22:35
冬枯れの大築堤
「加太の大築堤で撮りました!と言わんばかりの画は避けたい。」 中学生の分際で、この時は生意気にもそう考えた。 ...続きを見る

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2014/12/08 22:51
柘植のムード(2)
柘植で切り離された下り貨物の後補機は、駐泊所で暫しの休息そして転向の後、再び加太越えに挑む・・・ ...続きを見る

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2014/12/05 23:07
柘植のムード
加太越えに挑むこの戦時型は、カマボコドームの後ろにもうひとつカマボコ型の重油タンクがあり、そして当然のことながら鷹取式集煙装置も装備していて、ボイラー上が実にものものしい。 ...続きを見る

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2014/12/02 22:46
天橋立の煙(3)
有名な「股のぞき台」での記念写真に、笑顔で納まっている中2の同級生の中には、SLファンではなかったはずの顔ぶれもいて、蒸機中心の旅程はいい迷惑だったに違いない。 ...続きを見る

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2014/09/15 22:40
天橋立の煙(2)
よく見ると、直立不動の助役さんのシルエットが印象的な発車シーン。海水浴臨の先頭に立つのは、川越線での活躍を経てここ宮津線で余生を送る29680[舞]。 ...続きを見る

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2014/09/12 23:51
天橋立の煙
中2の夏休み。友人達と出かけた天橋立旅行・・・もとい天橋立にかこつけたSL撮影旅行は、確か車中一泊のちょっとした冒険旅行だったと思う。 ...続きを見る

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2014/09/09 22:35
若狭、あの夏(7)
西の空と耳川の川面が朱に染まる頃、一日のフィナーレを飾るに相応しい迫力満点の煙で、客923レがやってきた。 ...続きを見る

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2014/09/06 22:48
若狭、あの夏(6)
風に揺れるエノコログサが、斜陽に輝いて美しかった。8月とは言うものの、既に秋の気配を感じさせる、美浜駅のはずれ。 ...続きを見る

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2014/09/03 22:40
若狭、あの夏(5)
若狭湾に注ぐ耳川。何が釣れるのだろう? 夏休みの子供たちは、流れに膝まで浸かって、魚釣りに興じている。 ...続きを見る

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2014/08/31 22:45
若狭、あの夏(4)
終点敦賀に到着した客933レ。車掌の携えたやかんは、厳しい真夏の乗務を終えて、きっとすっからかんに違いない。 ...続きを見る

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2014/08/28 22:45
若狭、あの夏(3)
客922レを見送ってから30分程して、今度はC58195[敦一]の牽く下り貨971レが、10‰を駆け上がってきた。 ...続きを見る

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2014/08/25 22:45
若狭、あの夏(2)
お世辞にも綺麗とは言い難いその車体が、敦賀一区のC58達に忍び寄る運命を暗示していた・・・ ...続きを見る

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2014/08/22 22:45
若狭、あの夏
夏の陽も傾き始めた小浜線ホーム。己の運命を知ってか知らずか、C58はあの夏も黙々と仕業をこなしていた。 ...続きを見る

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2014/08/19 00:01
交換の構図、和倉
逆光でその表情こそ窺い知ることはできないが、既に臨戦態勢であろうC56159[七]のキャブの様子が、しっとりと、しかしピンと張りつめた朝の空気越しに感じ取れる。 ...続きを見る

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2014/08/16 22:40
木曽路へ、車窓の旅(9)
次々と窓外に現れる蒸機達を堪能した旅も、これで終わり・・・。列車は、この旅の目的地である開田高原の玄関口、木曽福島に到着した。 ...続きを見る

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2014/08/13 22:50
木曽路へ、車窓の旅(8)
車窓から蒸機達の活気を垣間見ることができた一方で、機関区の一角、鉄骨スレート張りの矩形庫の周りにいた、廃車体の一群が目に焼き付いた。 ...続きを見る

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2014/08/10 23:01
木曽路へ、車窓の旅(7)
明知線の仕業に就くのだろう、中津川を発車するとすぐ、入換中のC12209[中]の姿が見えた。 ...続きを見る

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2014/08/07 22:54
木曽路へ、車窓の旅(6)
やがて列車は、木曽路の玄関口そして蒸機の起点でもある中津川に到着。巨大なガントリークレーンと単線型給炭槽を備えた機関区は、さすが中央西線の要衝といった貫禄だ。 ...続きを見る

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2014/08/04 22:48
木曽路へ、車窓の旅(5)
名古屋から、いよいよ中央西線に入る。中津川まで蒸機とは出会わないだろうと思っていたところ、多治見で入換中のEF64の次位にC57らしき機影が・・・ ...続きを見る

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2014/08/01 22:49
木曽路へ、車窓の旅(4)
80系のサロ85だろうか、一等車からの格下げらしき車両のアコモに収まっている家族写真があるので、名古屋までの東海道線は各停での移動だったようだ。 ...続きを見る

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2014/07/29 22:49
木曽路へ、車窓の旅(3)
次のお目当ては、稲沢第一機関区。当時の機関車配置表から、9600・C50・C12、それにナメクジ等々、何種類もの珍しいカマがいるらしいのは知っていた。 ...続きを見る

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2014/07/26 22:46
木曽路へ、車窓の旅(2)
米原から東海道線を東進し、最初に出会った煙は、車窓からチラッと見えた大垣電車区のC11。 ...続きを見る

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2014/07/23 22:33
木曽路へ、車窓の旅
中津川区の青ナンバーD51898牽引の貨物列車を、車窓から見る。回送の客車を連結して、一見ミキスト風・・・ ...続きを見る

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2014/07/20 22:45
交換の構図、田鶴浜
充満した煙とホームの熱気を掻き分けるかのように、キハ26の下り臨急能登路53号が走り去る・・・ ...続きを見る

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2014/07/12 20:51
交換の構図、三笠
道央の短い夏。陽炎の向うから、窓を開け放ったキハ22が現れた。 ...続きを見る

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2014/07/09 22:35
隧道幽玄(4)
生い茂った木々と海霧に陽も翳り、昼なお暗い伏古別隧道のポータル出口。 ...続きを見る

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2014/06/30 23:07
庫の構図、岩見沢
跨線橋の階段を上ると、往来する車のライトの光跡が機関区の背後に見えた。ちょっと面白いかも、と長めの露光で1枚だけ撮ってみた。 ...続きを見る

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2014/06/27 23:13
225レのこと(10)
海霧は、登別の夏の風物詩。乳白色の彼方から、225レが現れた。 ...続きを見る

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2014/06/24 23:02
迎撃の丘
風に踊り狂う黒煙は自らの足跡を覆い隠し、長い脚にドレインをまとわりつかせた力の化身が、豪快に加速する・・・ ...続きを見る

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2014/06/21 22:42
赤平のムード
運炭路線のムード漂うだだっ広い構内には、セキの群れは勿論のこと、よく見るとゼブラのキューロクも蒸気を上げて佇んでいる。 ...続きを見る

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2014/06/18 22:33
夕張川へ(3)
線路端ではロクな写真は撮れなかったものの、ここから眺める由仁夕張川橋梁は格別だった。 ...続きを見る

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2014/06/15 00:02
夕張川へ(2)
単調な室蘭線沿線の中にあって、明治生まれのこの由仁夕張川橋梁は、そそられる被写体だった。 ...続きを見る

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2014/06/12 00:04
夕張川へ
夕張川を越える築堤を、余裕で駆け上がる戦時型は、D51872[岩一]。 ...続きを見る

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2014/06/09 20:59
交換の構図、栗沢
北の大地に轍を刻むコンテナ貨物の轟音が、栗沢の静寂を破る。 ...続きを見る

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2014/06/06 21:26
霧煙
朝の志文。客レを待避していたD51444[滝]が、おもむろに発車する・・・ ...続きを見る

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2014/06/03 00:03
機材アーカイブ '74, 倉吉
春休みの倉吉線。あまりのSLファンの多さに、天神川の川原に寝そべって、すっかり戦意喪失の図。 ...続きを見る

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2014/04/08 22:01
倉吉の印象(5)
微かな記憶の糸を手繰ってみると、到着した454Dと入れ違いに倉吉を発車する431レだったろうか? ...続きを見る

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2014/04/05 21:06
倉吉の印象(4)
ちょうど40年前の今日、昭和49年3月30日の夜。倉吉は雨だった。 ...続きを見る

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2014/03/30 00:53
倉吉の印象(3)
倉吉線の魅力と言えば、やはり混合列車が走っていたことだろう。 ...続きを見る

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2014/03/26 22:11
倉吉の印象(2)
ポッ!透明な空気を震わせて、倉吉の構内に短急気笛がこだます。 ...続きを見る

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2014/03/23 22:11
倉吉の印象
石炭の香りに満ち、束の間の活気に溢れた、朝の出区前・・・ ...続きを見る

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2014/03/20 23:08
天都山夕照
吹きすさぶ寒風と格闘した天都山山頂。テレコンを付けたカメラがブレないように、三脚を押さえつけながら、キューロクの機影を追う・・・ ...続きを見る

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2014/03/16 21:21
オホーツク渺渺(2)
陸地と海の区別すらつかない、真っ白な世界。 ...続きを見る

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2014/03/13 21:08
オホーツク渺渺
海岸段丘の先をを埋め尽くした、眩いばかりの流氷。 ...続きを見る

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2014/03/09 20:43
流氷に閉ざされた町(2)
午後になると日が翳った。流氷に閉ざされた北辺の町は、冷気と共に早くも忍び寄ってくる薄暗く蒼いベールに、為す術もなく押し黙ったまま。 ...続きを見る

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2014/03/06 00:17
流氷に閉ざされた町
近年、特に今年のような冬季五輪イヤーには、カーリング女子日本代表選手の出身地のひとつとして、メディアにも登場することが多くなった常呂という地名。 ...続きを見る

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2014/03/02 21:22
白き加太越え(3)
ダークグレーに変貌せんとする783レの二条の煙は、白き大築堤を征して尚、中在家信号場そして加太トンネルへと続く25‰との死闘を暗示する・・・ ...続きを見る

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2014/02/24 21:20
白き加太越え(2)
凛とした空気を震わせて、歩調を合わせた二両のデゴイチが、雪舞う白き舞台に登場する・・・ ...続きを見る

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2014/02/21 21:07
白き加太越え
D51885[奈]から吐き出される豪快な煙が、ファインダーの中の寒々とした景色に踊る・・・ ...続きを見る

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2014/02/17 21:23
雪晴れの美山(2)
降雪の中の迫力ある発車シーンを期待していたのに、この晴れ間。 ...続きを見る

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2014/02/11 21:23
雪晴れの美山
休日で午前中に一往復のみの臨貨。上り8152レは、美山で迎え撃つことにした。 ...続きを見る

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2014/02/08 20:55
草津の朝(9)
この頃、東海道線で幅を利かせていたのは、駅に停車する度にドアを大開放して“冷気”を出血大サービスする3扉車の113系。 ...続きを見る

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2014/02/02 21:08
あすなろの峠路(3)
駅間11.0kmと七尾線最長の穴水から能登三井にかけては、あすなろの林間を縫うように走る。 ...続きを見る

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2014/01/30 20:59
あすなろの峠路(2)
石川県の県木は、“アスナロ”(翌檜)だそうだ。スギとヒノキでさえ見分けがつかない植物音痴。というより、蒸機のこと以外全く興味が無かった・・・という表現の方が正しいが、七尾線沿線でよく見かける木が“アスナロ”だと知っていたのは、読み漁った鉄道雑誌のおかげに他ならない。 ...続きを見る

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2014/01/27 20:35
あすなろの峠路
その加速と、あたかも自らの意志を持った狼煙の如く一直線に後方に流れる煙から、小兵C56の並々ならぬ決意が伝わってくる。 ...続きを見る

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2014/01/24 21:15
貴生川界隈(9)
圃場整備だろうか、この時は貴生川界隈の草津・信楽両線沿線のあちこちで工事が行われていて、荒れた地面の構図処理にお手上げだった記憶がある。 ...続きを見る

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2014/01/21 21:26
貴生川界隈(8)
D51759[亀]のキャブには、これから延々と続く上りの片勾配に備えて、投炭中の機関助士の姿が見える。 ...続きを見る

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2014/01/18 20:18
貴生川界隈(7)
冬晴れの空も、遠く湖西の山々を越えて流れてきた雪雲で翳り、午後からは寒々とした景色になってきた。 ...続きを見る

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2014/01/15 20:18
貴生川界隈(6)
信楽線の貨591レを狙ったのと同じ杣川の堤防から望遠レンズで撮った、草津線の下り貨物。591レ発車の30分程前に貴生川に到着する781レだったろうか? ...続きを見る

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2014/01/12 20:07
3rd Anniversary 撮影余話(3)
2013年の自選3作目は、悩んだ挙句に「SLブームの頃」シリーズのこのカットにしました。 ...続きを見る

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2014/01/06 19:37
3rd Anniversary 撮影余話(2)
1号機なき後、同一形式2両目となる動態復活を果たしたC58239の話題は、2013-2014年の大きなトピックのひとつです。ということで、自選2作目も大好きなC58を取り上げたいと思います。 ...続きを見る

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2014/01/03 21:29
3rd Anniversary 撮影余話(1)
今年のお正月も、前年にUPした写真の中から自選した3作を再掲して、2013年を振り返ることにしたいと思います。 ...続きを見る

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2014/01/01 08:25
夕張晩照(8)
毎年、同じ世代の多くの“同胞”が、夕張線のデゴイチ達のことを想う12月。 ...続きを見る

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2013/12/30 21:10
夕張晩照(7)
大幅に遅延した、C57135の牽くファイナル・トレイン225レを見届けた後、一抹の不安を胸に真っ先に駆けつけた夕張駐泊所。 ...続きを見る

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2013/12/28 20:44
七尾のC58(4)
湿った雪が降り続いて、庫の外はすっかりホワイトクリスマス。 ...続きを見る

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2013/12/25 20:36
七尾のC58(3)
C56159[七]から漏れる吐息で、微かな温もりが感じられた庫内。 ...続きを見る

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2013/12/22 19:18
夕張晩照(6)
低い冬の陽がさらに傾くと、いよいよ夕張のゴールデンアワーの始まりだ。 ...続きを見る

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2013/12/18 20:08
夕張晩照(5)
撮影準備ができていない時に限って、予想外の素晴らしいシーンが展開しがちなのは、40年前も今も変わらない。 ...続きを見る

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2013/12/16 20:23
夕張晩照(4)
ひとしきり続いた吹雪がおさまった後、ふと気がつくと、不覚にも既に上り貨物の発車時刻になっていた。 ...続きを見る

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2013/12/14 20:45
夕張晩照(3)
戦時型デゴイチの後姿、その舟形テンダーのセクシーさを表現したくて、何カットかトライしてみたアングル。 ...続きを見る

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2013/12/11 21:44
夕張晩照(2)
矩形庫からちょこっと顔を出して、仲よくひなたぼっこの916号機と349号機。 ...続きを見る

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2013/12/09 19:46
夕張晩照
冬至間近。午後の低い陽を受けて佇む916、349、そして1086号機の3両のデゴイチ達。遠くには、夕張駅に停車中のキハ22も見える。 ...続きを見る

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2013/12/07 19:33
七尾のC58(2)
排煙装置のある扇形庫の奥に頭を突っ込んでいたC58140[七]の周りは、とにかく暗かった。 ...続きを見る

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2013/12/04 21:09
七尾のC58
能登の主役は、やっぱりポニー。あのC56が大きく見える!? ...続きを見る

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2013/12/01 20:48
SLブームの頃 '72, 関(2)
車内の少年たちの興奮がピークに達したのには、理由があった。後藤デフ装備の人気者D51499[奈]の登場だ。 ...続きを見る

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2013/10/05 19:38
SLブームの頃 '72, 関
柔らかな秋の陽を浴びた鈴鹿の山並みを背に、加太越えを征したD51254が、安堵の表情で滑り込む。 ...続きを見る

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2013/10/01 20:07
亀山落日(3)
この日、草津線のサヨナラ列車を牽引したD51442に勝るとも劣らないほど美しく磨かれていた奈良運転所の940号機が、帰路に備える。 ...続きを見る

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2013/09/15 19:32
亀山落日(2)
この日見た加太越えの本務機は、既に亀山のデゴイチとDD51の協調運転になっていた。 ...続きを見る

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2013/09/11 21:16
亀山落日
あれ程忙しく往来していたデゴイチ達の姿も、明日からは過去のものとなってしまうのか。 ...続きを見る

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2013/09/07 21:58
足羽川の夏(6)
岩場にしがみついた子供達が、接近するハチロクに手を振っていた。しかし併走する背後の国道158号線の車と被って、なかなかいいタイミングで捉えられない。 ...続きを見る

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2013/08/27 20:29
足羽川の夏(5)
何処で撮るか決めかねていた午後の下り貨物は、キハ23の車窓からのロケハンで川遊びの子供達が気になって、思い切って次の美山で下車した。 ...続きを見る

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2013/08/23 23:41
足羽川の夏(4)
無蓋車には木材、それに亜鉛鉱だろうか。加えてワムも連結されて、この日の荷はバラエティに富んでいた。 ...続きを見る

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2013/08/19 20:05
足羽川の夏(3)
大野からの荷を牽いて、保線作業が終わったばかりの橋梁を渡る。 ...続きを見る

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2013/08/12 21:44
足羽川の夏(2)
「ヒョーッ」という三室特有の汽笛を山間に響かせて、28651[福]が牽く上り貨物が橋上に現れた。 ...続きを見る

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2013/08/08 20:43
交換の構図、志文
デゴイチ同士の交換狙いで下車した志文。煤けた跨線橋の階段を駆け上がって窓を開けると、おあつらえ向きの光景がそこにあった。 ...続きを見る

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2013/08/01 21:06
三笠に憩う(7)
短区間の仕業ながら、機関士は律儀にも点検に余念がない・・・ ...続きを見る

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2013/07/21 20:23
駅寸景、志文(3)
夏休みの北海道撮影行も、そろそろ終盤。単調な室蘭線の沿線風景にも飽きてきて、こんな画ばかり狙っていた。 ...続きを見る

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2013/07/15 19:58
交換の構図、萩野
変則的な線路配置の萩野に、戦時型D51の牽く225レが滑り込んできた。 ...続きを見る

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2013/07/11 23:02
由仁盛夏(2)
由仁夕張川橋梁の緩勾配を駆け下りてきた戦時型D51貨レと、由仁を発車したC5757[岩一]の牽く下り客レの出会い。 ...続きを見る

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2013/06/30 18:49
三笠に憩う(6)
長大編成の空セキ。幾春別方のホーム端からさらに歩いて、やっとその先頭に立つキューロクにたどり着く。 ...続きを見る

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2013/06/28 23:01
庫の構図、福井(26)
無煙化まで1ヶ月を切ったこの日。早朝の仕業を撮るために、寝ぼけ眼のまま福井で「きたぐに」を降りた。 ...続きを見る

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2013/06/17 19:26
三笠に憩う(5)
昇圧した『7月ダイヤ改悪反対』号が、発車間近。 ...続きを見る

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2013/06/08 18:42
庫の構図、浜田(6)
出区していくD51158を庫内から見届けるのは、流れ流れて此処浜田区までやってきたC575。 ...続きを見る

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2013/05/05 18:35
庫の構図、浜田(5)
見覚えのある横顔。これが最後と思ったあの日から、一年半。 ...続きを見る

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2013/05/02 19:36
庫の構図、浜田(4)
この年、春休みの撮影行に、憧れの北海道ではなく山陰の地を選んだのは、果たして正解だったのだろうか。 ...続きを見る

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2013/04/26 20:52
西敦賀春雪(4)
先程の6974レの力闘とは対照的に、C58222[福]が足取りも軽やかに駆け下りてきた。粟野で6974レと交換してきた客933レだ。 ...続きを見る

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2013/03/31 17:07
西敦賀春雪(3)
当時のバイブル、鉄道ファン1971年1月増刊号「蒸気機関車撮影地ガイド」の巻末ダイヤによると、全く無警戒だったこの列車は貨6974レ、冷蔵車を従えた季節列車だ。 ...続きを見る

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2013/03/29 22:02
西敦賀春雪(2)
北西の風にかき消されたのだろう。敦賀方から聞こえてくる重厚なドラフト音に気がついた時には、C58はすぐそこまで来ていた。 ...続きを見る

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2013/03/23 19:02
西敦賀春雪
敦賀から乗車した954D。「このまま粟野まで乗って行くと、C58の貨レと交換してしまうから・・・」 ...続きを見る

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2013/03/20 10:34
SLブームの頃 '74, 能登中島
到着した上り列車のキハ20から降りたギャラリーも加わって、長時間停車するC56124[七]を取り囲んでの大撮影会となった。 ...続きを見る

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2013/03/03 19:02
庫の構図、七尾(11)
能登のポニー達に魅かれたのは ...続きを見る

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2013/02/03 18:15
庫の構図、七尾(10)
愛らしい細身のボイラーから、はみ出しそうな ...続きを見る

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2013/01/26 18:42
冬晴れの日に(5)
杣川を渡る姿を後追いするものの、白煙がまとわりつくかの如くC58353[亀]のキャブを隠したまま・・・ ...続きを見る

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2013/01/24 21:50
冬晴れの日に(4)
貨591レは、貴生川を発車してすぐ西へ大きく回り込んで草津線と分かれ、焼き物の里・信楽へと向かう・・・ ...続きを見る

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2013/01/21 20:59
冬晴れの日に(3)
Steam up! 行く手には信楽線の33‰が待ち構えている・・・ ...続きを見る

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2013/01/19 20:00
庫の構図、七尾(9)
煙室扉を開けてシンダを掻き出してもらう、仕業を終えたポニー。 ...続きを見る

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2013/01/17 21:04
冬晴れの日に(2)
ここから信楽線に入るC58は、既に貨車の組成を終えて一服中・・・ ...続きを見る

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2013/01/15 21:00
冬晴れの日に
朝一番の通勤通学列車721レを牽いて柘植からやってきたC58は、転向と給炭水を終えると今度は信楽線の貨物仕業に就くために単762レとして草津を後にする。 ...続きを見る

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2013/01/13 18:48
和倉の夜明け(3)
あの華奢なボイラーの、いったい何処に ...続きを見る

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2013/01/11 21:06
和倉の夜明け(2)
残念なことに、期待していた程の積雪ではなかった。 ...続きを見る

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2013/01/09 20:58
和倉の夜明け
漆黒に塗り込められていた冬の空が白む頃、 ...続きを見る

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2013/01/07 21:02
2nd Anniversary 撮影余話(2)
大晦日に映画『幸福の黄色いハンカチ』がTV放映されました。そのシーンのあちこちで涙してしまうのは、 年をとって涙腺がゆるくなったこともありますが、映画に散りばめられた70年代の北海道の、そして夕張の光景が、どうしても「あの頃」の想い出とダブってしまうからなのです。 ...続きを見る

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2013/01/03 10:36
2nd Anniversary 撮影余話(1)
このblogも開設から丸2年が経過し、前年1年間にUPした写真をいくつかピックアップして振り返る正月も、今年で2回目となります。 ...続きを見る

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2013/01/01 15:01
大晦日の記憶(8)
せっかく付けてもらったしめ飾りも、あいにくの天気で紙垂が取れてしまったのが可哀想・・・ ...続きを見る

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2012/12/31 19:36
大晦日の記憶(7)
住み慣れた、木造のラウンドハウスに帰投。 ...続きを見る

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2012/12/30 19:54
大晦日の記憶(6)
この年最後の仕業を終えた28651[福]が給水する。平野部は、終日冷たい雨だったようだ。 ...続きを見る

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2012/12/29 19:01
大晦日の記憶(5)
8154レを牽いてきた28651が福井区に戻ってくる頃には、日はすっかり暮れていた。 ...続きを見る

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2012/12/28 22:33
大晦日の記憶(4)
眼前を通過するまではそれほどでもなかったハチロクの煙が、25‰のサミット目前で間隔が長くなったドラフトに合わせて、天高くそして長く伸びていた。 ...続きを見る

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2012/12/26 20:01
大晦日の記憶(3)
少しでも多い積雪と煙の二兎を期待して、できるだけ大野寄りでと下車した計石。花山峠は、しかし、小雨に煙っていた・・・ ...続きを見る

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2012/12/25 20:51
大晦日の記憶(2)
わざわざ大晦日に出かけたのは、待ちかねた雪が降ったからだった。 ...続きを見る

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2012/12/24 20:07
大晦日の記憶
臨貨8153・8154レが走ることを確認した上でラウンドハウスを訪れると、この年最後の仕業を前にした28651[福]がいた。 ...続きを見る

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2012/12/23 20:12
庫の構図、七尾(8)
駐泊所や小さな機関区が好きだったのは、二つ返事で撮影を許可してもらえたことと、ここ”炭台”からのハイアングル・・・ ...続きを見る

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2012/12/21 22:51
庫の構図、七尾(7)
前ピンなのは、雪でよく見えなかったマイクロプリズムのせいか、それとも意図的だったのか・・・ ...続きを見る

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2012/12/20 23:11
D51241夜想曲(10)
見届けられなかった、いや本音はその喧騒には立ち会いたくはなかった、国鉄本線蒸機の最期。 ...続きを見る

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2012/12/18 21:11
D51241夜想曲(9)
腕木式信号機に見守られながら、ヤマを下りる孤影。 ...続きを見る

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2012/12/17 20:08
D51241夜想曲(8)
夜の夕張の構内は、投光器の灯りと積雪で十分明るかった。 ...続きを見る

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2012/12/16 20:07
D51241夜想曲(7)
シルエットからギースルなのは明らかだが、今月UPした駐泊所での一連のスナップから、時系列でこのカットも241号機だと判った。 ...続きを見る

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2012/12/15 17:53
D51241夜想曲(6)
ゴットン、ドーン、ドーン。今も耳に残る、夕張の転車台に乗り降りする蒸機の音。 ...続きを見る

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2012/12/13 20:31
D51241夜想曲(5)
追分ひとすじの241号機は、何度此処で方転してもらったことだろう。 ...続きを見る

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2012/12/12 21:04
D51241夜想曲(4)
しばれる夜、ヤマの転車台。もうデゴイチを載せて、新しい年を迎えることはない・・・ ...続きを見る

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2012/12/11 21:17
D51241夜想曲(3)
道産子蒸機の象徴、密閉キャブ越しに垣間見る、投炭作業。 ...続きを見る

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2012/12/10 20:50
D51241夜想曲(2)
キャブ内はカマ替えの熱気に満ち、テンダの石炭を掻き寄せるスコップとタービンの音が、闇に交錯する・・・ ...続きを見る

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2012/12/09 19:35
D51241夜想曲
ヤマに上ってきた一両のデゴイチを、スティームが包み込む・・・ ...続きを見る

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2012/12/08 20:21
終煙の刻(6)
明日以降展開されるであろうシーンが瞼に浮かぶ。やりきれない気持ちで、闇に消えていくテールライトを見送った。 ...続きを見る

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2012/12/06 20:37
終煙の刻(5)
キーンと冷えたヤマの空気。騒々しいアイドリング音が、あたりの静けさを破る・・・ ...続きを見る

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2012/12/05 21:14
終煙の刻(4)
以前から気になっていた山門越しに狙ったこの貨物は、案の定DD51が牽いてきた。「待て、ひょっとして・・・」と、ケーブルレリーズを握った指先にさらに神経を集中する。 ...続きを見る

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2012/12/04 23:31
終煙の刻(3)
栗沢で、やっと出会った蒸機牽引の貨物。「すわ!重連?」 ...続きを見る

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2012/12/03 20:09
後補機の構図(13)
25‰を駆け下りてきたこの貨レの本務機は、既にDD51とD51の協調運転になってしまっていた。 ...続きを見る

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2012/10/29 07:24
後補機の構図(12)
加太駅と大築堤のほぼ中間地点にある小学校北側のこの地点は、まだ加太越えの助走区間。 ...続きを見る

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2012/10/28 08:35
草津の朝(8)
朝の蒸機ゴールデンアワーのしんがり、亀山始発の725レは堂々10両の客車を連ねて、D51254とD51442の重連でやってきた。 ...続きを見る

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2012/10/25 07:41
草津の朝(7)
秋らしい雲が広がっていた、蒸機最終日の朝。どこか寂しげに見えたD51145[亀]のシルエット・・・ ...続きを見る

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2012/10/24 06:25
草津の朝(6)
今なら、垂涎ものの国鉄色そろい踏みといったところだが、次位にD51463[奈]を従えて草津に進入してきたこの日のDD51は、招かれざる客以外の何者でもなかった。 ...続きを見る

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2012/10/23 07:34
SLブームの頃 '72, 加太
SL終焉迫る40年前の加太。回送の客車を連結した荷物列車が発車していく・・・ ...続きを見る

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2012/10/22 07:53
SLブームの頃 '72, 草津
見慣れたシーンだが、デゴイチを取り囲むSLファンの数はいつになく多い。 ...続きを見る

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2012/10/18 06:13
京都口の印象(6)
日曜日の1827レは、後続の1829レが運休となるため、回送重連となった。 ...続きを見る

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2012/10/09 20:08
京都口の印象(5)
市街地だというのに、遠慮なく黒煙を吐いて京の街並みを走り抜けていくのは、大阪発・丹後山田行の臨客9921レ 会員制「むかしなつかし汽車の旅」号。 ...続きを見る

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2012/10/08 07:53
逆機の構図(5)
週末の朝。煙と蒸気の二重奏が、秋の柔らかな半逆光に輝く。 ...続きを見る

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2012/10/07 11:23
京都口の印象(4)
ひと目で梅小路のカマではないと判る、集煙装置に重油併燃のC57は、福知山の128号機。京都口の客レ仕業でも、臨時列車には福知山区のC57が充当された。 ...続きを見る

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2012/10/06 10:59
京都口の印象(3)
園部行1823レの先頭に立つのは、キャブのナンバープレートが形式入りのC5715。梅小路のシゴナナは、どのカマも例外なく美しく磨かれていた。 ...続きを見る

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2012/10/05 07:24
京都口の印象(2)
山陰ホーム北側の留置線へ、郵便車を連結した編成を推進するC57127[梅]。 ...続きを見る

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2012/10/03 07:32
京都口の印象
この日は、封切直後の映画「すばらしい蒸気機関車」を観るために、わざわざ京都までやってきた。 ...続きを見る

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2012/10/02 07:22
大河原残煙(5)
D511054[奈]の煙が遠ざかる。亀山の仲間が火を落とした後も、関西線を走り続けた奈良運転所のデゴイチ達。 ...続きを見る

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2012/09/30 08:02
大河原残煙(4)
この日のネガには、貨物列車は写っていない。いや、正確に言うと蒸機牽引は無く、DD51の牽く貨レのコマがあるだけだ。 ...続きを見る

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2012/09/29 07:31
大河原残煙(3)
D51885[奈]が、長い客車を従えて大河原を発車してきた。 ...続きを見る

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2012/09/27 07:20
大河原残煙(2)
煉瓦と石積みの重厚な橋脚は現在もそのままだが、ユニークな上部トラスは当時は周囲の緑とよく調和する落ち着いた塗色だった。 ...続きを見る

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2012/09/26 07:22
大河原残煙
木津川が寄り添うこの区間、鉄橋をを渡り終えたD511054[奈]の牽く短い荷物列車が、築堤を軽快に駆け抜けていく・・・ ...続きを見る

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2012/09/25 07:32
庫の構図、敦賀(4)
「生え抜き」ではないカマは、さよなら運転の栄に浴することもなく、普段着のまま蒸機最終日まで黙々と働く・・・ ...続きを見る

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2012/09/24 07:25
庫の構図、敦賀(3)
さよなら運転を翌日に控えた庫内。火を落とした赤ナンバーのC58に、朝日のスポットライトが射し込む。 ...続きを見る

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2012/09/17 10:09
SLブームの頃 '73, 木津
右端のパンタロン姿の女性は、発車待ちの貨物列車の後補機D511054[奈]に興味津々の様子。 ...続きを見る

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2012/09/10 07:12
駅寸景、木津
貨車を組成中のD51のことなど、何処吹く風。気動車の到着を待つホームの人、人、そしてまた人。 ...続きを見る

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2012/09/02 09:06
駅寸景、志文(2)
C57の牽く下り列車を出迎える。思えば、昭和の時代どんなローカル小駅でも見られたこの儀式と、雑草一本生えていないホームは、安全運行の象徴だった。 ...続きを見る

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2012/08/29 07:34
駅寸景、志文
ホームで待つ人々の顔触れと牽引機から推測すると、通勤時間帯に札幌方面へ直通する早朝の追分始発824レだろうか。 ...続きを見る

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2012/08/24 07:35
中島盛夏(3)
気温が上がって、もうドレインは期待できないが、それを補って余りある黒煙。夏草に覆われた待避線から、ゆっくりと発車する・・・ ...続きを見る

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2012/08/21 07:28
中島盛夏(2)
発車時間が近づき、SLファン達は三々五々西岸方の撮影地に散っていく。 ...続きを見る

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2012/08/20 07:16
中島盛夏(1)
撮影可能時間帯にたった一往復の貨物は、スジが寝ていて普通DCでも余裕で追っかけ可能だった。 ...続きを見る

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2012/08/19 09:11
和倉の朝(6)
長時間停車の鬱憤を晴らすかのような、盛大な黒煙。 ...続きを見る

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2012/08/15 17:13
和倉の朝(5)
昇圧する159号機の緊張感が、ファインダー越しに伝わってくる。 ...続きを見る

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2012/08/14 05:50
和倉の朝(4)
磨かれたデフ。雨風に耐えた痕跡が、朝の斜光線に浮かび上がる・・・ ...続きを見る

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2012/08/13 07:14
和倉の朝(3)
ホームの花壇に、そして長時間停車するポニーにも、早朝から夏の日差しが照りつける。今日は暑くなりそうだ・・・ ...続きを見る

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2012/08/10 08:40
和倉の朝(2)
早朝から乗客で賑わう、お盆休みの和倉のホーム。 ...続きを見る

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2012/08/09 07:38
和倉の朝(1)
霧の中から、朝一番の下り貨物が顔を出した。間もなく和倉に到着・・・ ...続きを見る

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2012/08/08 07:38
デゴイチのアングル(7)
デフレクターの点検窓越しに望むのは、炎天下のキューロク・・・ ...続きを見る

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2012/08/05 09:27
デゴイチのアングル(6)
乗務員のいないメカニカルなキャブに、夏の日差しが差し込む。 ...続きを見る

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2012/08/04 14:16
225レのこと(9)
富浦の短い夏。朝方の霧が晴れた浜を、普段着の225レが絶気で駆け抜ける・・・ ...続きを見る

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2012/08/03 07:33
225レのこと(8)
蘭法華岬を背に、今日も挨拶代わりの黒煙を残して、煤けた跨線橋の登別を後にする・・・ ...続きを見る

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2012/08/02 07:40
225レのこと(7)
昭和50年夏。由仁夕張川橋梁への緩い勾配を、軽やかに登る・・・ ...続きを見る

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2012/08/01 07:40
駅寸景、栗丘
改札口の向こうを、D51165[鷲]が牽く上り貨物が通過する・・・ ...続きを見る

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2012/07/28 08:18
ナメクジの来る駅(9)
幌内のヤマから、キューロクが下りてきた・・・ ...続きを見る

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2012/07/24 07:59
ナメクジの来る駅(8)
蒸機を追った昭和の北海道の旅。何故か印象に残っているのが、駅前の雑貨屋に必ずあった賞味期限切れの日糧パンと、あちこちで見かけた少々くたびれた中央バス。 ...続きを見る

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2012/07/23 07:33
ナメクジの来る駅(7)
踏切を遮断しないように、長大な編成は一旦分割された。 ...続きを見る

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2012/07/22 08:02
7月の彩り(3)
緑の畑の中を一直線に貫く線路。短急汽笛一声、C11が往く・・・ ...続きを見る

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2012/07/21 09:12
7月の彩り(2)
貨物の終点、美濃本巣。折り返しの発車を待つC11358[垣]が佇む。 ...続きを見る

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2012/07/20 07:21
7月の彩り(1)
揖斐川橋梁へアプローチする大築堤。すっきりしない梅雨空の下、25‰を駆け上がるC11を黄色い月見草が見守っていた・・・ ...続きを見る

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2012/07/19 07:22
ナメクジの来る駅(6)
石炭を満載する上りの荷は重い。豪快な黒煙を上げて、5682レが三笠を出発する。 ...続きを見る

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2012/07/18 07:22
ナメクジの来る駅(5)
陽炎に夏草揺らぐ昼下がり。発車間近、機関士の手にしっかりとタブレットが手渡された・・・ ...続きを見る

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2012/07/17 07:18
ナメクジの来る駅(4)
淡い煙と共に、D5159の牽く5683レが三笠を後にする・・・ ...続きを見る

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2012/07/16 08:22
ナメクジの来る駅(3)
キューロクがヤマから下ろしてきたばかりのセキを引き出す。 ...続きを見る

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2012/07/13 07:22
ナメクジの来る駅(2)
終点幾春別で転向してきた59号機が、単機で三笠に戻ってきた・・・ ...続きを見る

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2012/07/12 07:21
ナメクジの来る駅(1)
空セキを従えて、D5159[岩一]が三笠に進入してきた・・・ ...続きを見る

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2012/07/11 07:23
駅寸景、由仁(4)
SR-T101のファインダーを覗く僕と、通過を見守る駅長の視線が、デゴイチを挟んで対峙する。 ...続きを見る

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2012/07/06 07:26
駅寸景、由仁(3)
ホームにC5757[岩一]の牽く下り客レが滑り込んできた。 ...続きを見る

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2012/07/05 07:25
霧の朝(3)
すっかり黄ばんでしまった昭和50年7月号の交通公社大判時刻表を引っ張り出してきて、ようやく謎が解けた。 ...続きを見る

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2012/07/04 07:24
霧の朝(2)
一体どうやって、早朝の登別にたどり着くことができたのだろうか? ...続きを見る

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2012/07/03 07:21
霧の朝(1)
霧の彼方からC57が現れた。朝の下り列車だったことは覚えている。 ...続きを見る

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2012/07/02 07:21
庫の構図、福井(25)
長野時代の、綺麗に磨き上げられた姿が印象に残る88623。 ...続きを見る

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2012/06/29 07:21
庫の構図、福井(24)
薄暗い庫内では、88623[福]の仕業検査が黙々と続けられる・・・ ...続きを見る

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2012/06/28 07:26
庫の構図、福井(23)
出区前。ハチロクから漏れ出る水と蒸気は、生ある蒸機の証・・・ ...続きを見る

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2012/06/27 07:22
庫の構図、大垣(2)
絵に描いたような日の丸構図の理由は、子供心にハデな警戒色塗装がかえって珍しく思え、意外に抵抗がなかったからだろう。 ...続きを見る

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2012/06/19 07:27
庫の構図、大垣(1)
大垣電車区の一画にあるこの給炭台と、線路を挟んで建つ矩形庫が、樽見・赤坂線 のC11達のねぐら。 ...続きを見る

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2012/06/18 07:24
庫の構図、福井(22)
午後の仕業に就く88623[福]から漏れる蒸気。 ...続きを見る

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2012/06/13 07:24
庫の構図、福井(21)
入梅の頃。ハチロクも、ラウンドハウスに引っ込んだまま。 ...続きを見る

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2012/06/12 07:08
後補機の構図(11)
呼応する二両の汽笛は遥か鈴鹿の山々にこだまし、ドラフトの二重奏が遠ざかる・・・ ...続きを見る

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2012/06/05 07:26
後補機の構図(10)
初めて加太を訪れ、憧れの大築堤の上に立った日。 ...続きを見る

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2012/06/04 07:23
庫の構図、福井(20)
夜明け前。早朝の仕業に備えた保火の投炭で、時折思い出したようにハチロクに生気が甦る・・・ ...続きを見る

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2012/05/30 07:24
庫の構図、福井(19)
庫内に差し込む外光と前照灯のスポットライトで、照明の準備は整った。 ...続きを見る

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2012/05/29 07:21
庫の構図、福井(18)
背中が語る保守の苦労。間近で見るハチロクは、改めて大正生まれの老機であることを実感する・・・ ...続きを見る

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2012/05/18 07:13
庫の構図、福井(17)
ランボード上で、顔を見合わせる検査掛。二人が語る今日のハチロクの調子や如何に・・・ ...続きを見る

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2012/05/17 07:23
庫の構図、福井(16)
いつもと変わらない福井区の光景。しかし、無煙化の足音が確実に忍び寄っていたこの年のゴールデンウィーク・・・ ...続きを見る

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2012/05/14 07:23
庫の構図、福井(15)
ローアングルで、当時の北陸線の主力機、EF70の足回りと絡めて狙ってみる。 ...続きを見る

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2012/05/13 05:24
若葉のエピローグ(4)
若葉芽吹く沿線随一の撮影地花山峠を、8152レを牽く88623[福]がゆっくりと登ってきた。 ...続きを見る

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2012/05/09 07:26
若葉のエピローグ(3)
風に流された白煙に、ハチロクのキャブが隠れそうになり、慌ててレリーズを押した。 ...続きを見る

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2012/05/08 07:25
若葉のエピローグ(2)
39年前の今日、昭和48年5月5日。第1九頭竜川橋梁のたもとの小駅柿ヶ島は、SLファンでいつになく賑わっていた。 ...続きを見る

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2012/05/05 04:36
若葉のエピローグ(1)
若葉が美しい木々の陰から、88623[福]が顔を出した・・・ ...続きを見る

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2012/05/04 06:43
庫の構図、浜田(3)
この日浜田区では、巨大な給炭クレーンを使って、トラに積んだ石炭を、貯炭槽だけではなく、直接C56のテンダにも積み込んでいた。 ...続きを見る

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2012/04/27 07:28
庫の構図、浜田(2)
小海線での活躍が有名なC56150は、晩年浜田区に転属していた。 ...続きを見る

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2012/04/26 07:19
貴生川界隈(5)
信楽線での貨物仕業を終えたC58353[亀]が、今度はD51の牽く貨1792レの後補機として亀山の庫へ戻っていく。 ...続きを見る

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2012/04/23 07:26
貴生川界隈(4)
33‰の築堤を駆け下りてきた逆機のC58が牽く信楽線の貨592レは、杣川の鉄橋を渡り終えると、大きく左カーブして貴生川に進入する。 ...続きを見る

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2012/04/22 08:37
貴生川界隈(3)
33‰を登ってくる信楽線の貨591レを撮り終えて、草津線との分岐まで戻ってくると、朝夕の通勤時間帯以外では唯一の蒸機牽引客レだった、この722レの貴生川発車に間に合った。 ...続きを見る

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2012/04/21 09:57
4月の別れ(6)
さよなら運転を終え、C11155が大垣電車区に戻ってきた。庫内には、既に新しい主DE10の姿が・・・ ...続きを見る

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2012/04/16 07:20
4月の別れ(5)
揖斐川橋梁を往くC11355+C11155。この美しいトラス橋を最後に渡る蒸機重連を一目見ようと、河川敷にも多くの車が詰めかけている。 ...続きを見る

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2012/04/15 05:24
4月の別れ(4)
折り返しの上り列車は、今度こそ定番の揖斐川橋梁の横屋方の築堤カーブで狙ってみた。 ...続きを見る

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2012/04/14 08:50
4月の別れ(3)
大垣電車区での撮影もそこそこに向かった樽見線随一の好撮影地、揖斐川橋梁の東大垣方の築堤は、既にものすごい人出で、重連とヘッドマークを斜め前からバランス良く捉えられるポジションは、立錐の余地もなかった。 ...続きを見る

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2012/04/13 07:22
4月の別れ(2)
日章旗の取り付けが終わると、大垣地区の入換用に最後まで残った377号機に替わって火の入った2両のC11と、乗務員や職員の皆さんが記念撮影。 ...続きを見る

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2012/04/12 07:25
4月の別れ(1)
すっきりしたデザインのヘッドマークに、落ち着いた色の青ナンバーが好印象のC11155[垣]。 ...続きを見る

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2012/04/11 07:32
貴生川界隈(2)
上り貨物を牽くD51759[亀]が、腕木信号機の貴生川を発車していく・・・ ...続きを見る

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2012/04/06 07:35
貴生川界隈(1)
40年前の今日、昭和47年4月5日は貴生川で下車し、信楽線と草津線を”掛け持ち”している。 ...続きを見る

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2012/04/05 07:37
庫の構図、七尾(6)
延々と続く給炭作業。それを象徴するかのような無数の豆炭と、無造作に置かれたスコップ・・・ ...続きを見る

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2012/03/31 08:58
庫の構図、七尾(5)
七尾区の多くの人達の愛情によって、保守・整備されるC56124・・・ ...続きを見る

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2012/03/30 07:30
庫の構図、七尾(4)
給炭水作業中の124号機。小振りなC56のテンダーに3人がかりとは言え、給炭台からスコップで黙々と石炭を放り入れる作業は大変そうだった。 ...続きを見る

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2012/03/29 07:35
最果てのタブレット(2)
タブレットをキャッチャーに掛けるや否や、機関士は猛然と力行を始めた・・・ ...続きを見る

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2012/03/28 08:10
最果てのタブレット(1)
遠くに望む真っ白な丘陵とは対照的な黒々と露出した道床が、春の訪れが近いことを告げている。 ...続きを見る

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2012/03/27 07:31
庫の構図、敦賀(2)
由緒ある大機関区を継承する敦賀一区の象徴、ガントリークレーンと巨大な給炭槽を背に、C58が次の仕業へと急ぐ・・・ ...続きを見る

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2012/03/26 07:33
庫の構図、敦賀(1)
背後の山々は未だ雪深い。かつて、杉津・柳ヶ瀬の急峻な峠と闘った大蒸気機関区に所属することを誇示するかの如く、C58が天高く黒煙を噴き上げる・・・ ...続きを見る

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2012/03/25 12:51
凍夜の舞台(3)
構内にうずたかく積まれた雪。キーンと冷えた空気の中、煙とドレインに包まれたキューロクが名寄を目指す・・・ ...続きを見る

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2012/03/24 14:17
凍夜の舞台(2)
1時間の間に、2本の上り貨物列車が相次いで発車する音威子府の夜。 ...続きを見る

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2012/03/23 07:44
凍夜の舞台(1)
抜海で素晴らしい最北の競煙を堪能した後、お決まりの「利尻」で南下するまでの定番は、夜の音威子府。 ...続きを見る

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2012/03/22 07:26
C5711邂逅(4)
C5711[豊]の牽く豊岡行327レが、夕陽に向かって西舞鶴を発車していく・・・ ...続きを見る

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2012/03/20 08:58
C5711邂逅(3)
西舞鶴に来ることで、9600やC12が撮れるのは当然予想していたし、それがこの撮影行の目的のひとつでもあった。しかしC57、それも11号機と出会えたのは嬉しい誤算だった。 ...続きを見る

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2012/03/19 07:46
C5711邂逅(2)
「あれっ?」 客レの牽引機はC58だろう・・・と、たかをくくっていたのが、そうではないことが遠目にもすぐわかった。 ...続きを見る

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2012/03/18 10:22
C5711邂逅(1)
カーブ外側のハエタタキが目障りだったが、中1のガキにしては生意気にも、326レ西舞鶴行は風景主体で狙ってみることにした。 ...続きを見る

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2012/03/17 10:23
最北の競煙(2)
雪の無い季節なら、間違いなく熊笹に悪戦苦闘したであろうこの丘陵には、3月の固く締まった雪のおかげであっけなく登ることができた。 ...続きを見る

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2012/03/13 07:46
最北の競煙(1)
「明後日は、抜海の俯瞰。キューロク同士の交換を狙うよ。」と、渡道してから知り合った彼は、稚内に行くのなら当然とばかりに、きっぱりと言った。 ...続きを見る

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2012/03/12 07:52
舞鶴、早春の旅(4)
次々やってくる蒸機列車。隣駅の東雲で先程の323レと交換した上り324レが遠ざかっていく。牽引機は、なんと東舞鶴で出会ったC5856[敦一]とコンビを組んだ、同じくロイヤルエンジンのC58223[豊]だった。 ...続きを見る

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2012/03/11 11:46
舞鶴、早春の旅(3)
走行写真を撮るべく、宮津線に入って最初の駅、四所で下車した。 ...続きを見る

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2012/03/10 17:56
舞鶴、早春の旅(2)
客車から切り離され、ホーム端の給水塔から水を飲むのは、敦賀一区の元お召機C5856。僕はキハの窓を全開にして、必死でその姿を追う。 ...続きを見る

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2012/03/09 21:09
舞鶴、早春の旅(1)
921レを牽くC58の次位には、荷物車が連結されているのだろう、ホームには、うず高く積まれたダンボール箱が見える。 ...続きを見る

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2012/03/08 20:39
美浜雪景(8)
完全燃焼したライトグレーの煙。それもそのはず、C58195[敦一]はまだ安全弁を噴いたままだ。 ...続きを見る

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2012/03/05 21:09
美浜雪景(7)
寒空の下、満を持しての発車。見よ、この豪快な煙を! ...続きを見る

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2012/03/04 17:59
美浜雪景(6)
天高く安全弁から蒸気を噴き上げるC58。今や遅しと、交換するDCの到着を待つ・・・ ...続きを見る

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2012/03/03 18:09
三笠、雪の日(2)
駅の待合室から、キューロクを見る。改札口の扉を開けるのを躊躇するほど、雪はみるみるうちに激しさを増していった。 ...続きを見る

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2012/03/02 21:29
三笠、雪の日(1)
はらはらと乾いた雪が降り始めていた。3月とは言え、期待とは裏腹にいささか拍子抜けしていた寒さが、この日は違った。 ...続きを見る

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2012/03/01 22:33
庫の構図、福井(14)
ファインダーの中では、相変わらず自由気ままに雪が暴れていた。 ...続きを見る

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2012/02/29 23:24
庫の構図、福井(13)
庫の外では、雪が激しくなってきた。風に煽られたぼたん雪が、ファインダーの中を舞う・・・ ...続きを見る

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2012/02/28 20:57
庫の構図、福井(12)
2月の庫。外では雪が舞い、北風に煽られたスチームが扇形庫の中に広がる・・・ ...続きを見る

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2012/02/27 21:18
庫の構図、福井(11)
ローカル臨貨仕業と侮ることなかれ。薄暗い庫内で生気をみなぎらせ、ありったけの煙と蒸気でその存在を主張する・・・ ...続きを見る

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2012/02/26 11:10
庫の構図、福井(10)
ちょうど39年前の今日、2月25日。扇形庫の中で火が入っていたのは88623[福]。 ...続きを見る

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2012/02/25 16:54
機材アーカイブ '74, 能登中島
長い停車時間を利用して、ポニーと愛機の記念撮影。スリックマスターDXの脚部に取り付けた自由雲台にセットしてあるのが、6x6のコーワシックスMM。ミラーアップと多重露光機能を追加した後期型のバリエーションモデルで、T(タイム)シャッターと共に「夜たの」時にはそれなりに活躍した。 ...続きを見る

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2012/02/22 20:15
眼下の駅(4)
ホームを埋める列車。休日の朝、能登中島駅の束の間の賑わい・・・ ...続きを見る

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2012/02/21 20:54
眼下の駅(3)
ホームには、跨線橋を下りてきた乗客の姿が見える。C56はここ能登中島で待避し、上下双方向の気動車をやり過ごす。 ...続きを見る

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2012/02/20 20:57
眼下の駅(2)
寒々とした田園風景が広がる能登中島に到着。この日は粉雪にあられが混じる、ひときわ寒い朝だった・・・ ...続きを見る

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2012/02/19 12:53
眼下の駅(1)
駅前の高台にある校庭から、能登中島駅を見下ろす。 ...続きを見る

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2012/02/18 16:02
後補機の構図(9)
鈴鹿の山並も、加太の峠も、そして後補機の煙も、全てが純白にハーモナイズしたあの2月の寒い日・・・ ...続きを見る

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2012/02/15 21:05
後補機の構図(8)
単機回送のデゴイチが信号場で待避する中、後補機が下り貨物を懸命に押し上げる。三両の蒸機達の出会いの刹那。 ...続きを見る

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2012/02/14 20:52
後補機の構図(7)
後補機のこの圧倒的な迫力は、あの日あの時、大築堤上の限られた空間を共有した同志達だけが感じることができた、最後の最後に訪れるクライマックス・・・ ...続きを見る

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2012/02/13 21:47
後補機の構図(6)
本務機の残煙と後補機の白煙が上空で交差し、雪雲から漏れた日差しがそのグラデーションを強調する・・・ ...続きを見る

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2012/02/12 16:41
後補機の構図(5)
短急汽笛が山峡にこだまし、二両の接近を告げる。やがて、静寂の中を滑るように下って行った・・・ ...続きを見る

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2012/02/11 16:09
美浜雪景(5)
大好きだったC58と小浜線。蒸機最後の冬、この日の美浜での撮影が終わった。 ...続きを見る

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2012/02/07 19:58
美浜雪景(4)
若狭湾に注ぐ、寒々とした耳川の河口を渡る。粟野までの峠越えに備えて、機関助士は投炭に忙しい・・・ ...続きを見る

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2012/02/06 17:53
美浜雪景(3)
中庸で地味なC58は、かえって純日本的な小浜線の沿線風景によく似合い、好ましく思えた。 ...続きを見る

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2012/02/05 15:34
美浜雪景(2)
遠くに美浜発車時の煙が見える。一気に加速をつけたC58の煙が、椿峠への上り勾配に備えた投炭で再び黒煙に変わる・・・・ ...続きを見る

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2012/02/04 10:14
美浜雪景(1)
福知山区の重油併燃機C58222が、雪原を往く。次位にマニが連結されているのが懐かしい・・・ ...続きを見る

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2012/02/03 00:03
中島進入(3)
ゆっくりと25‰を下りてきたC56が、熊木川の小さな鉄橋を渡り終えると、間もなく能登中島駅だ・・・ ...続きを見る

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2012/01/30 00:03
中島進入(2)
絶気で鼻歌交じりのC56だが、能登中島の田園風景とオメガカーブの築堤は雄大で、それだけで十分絵になった。 ...続きを見る

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2012/01/29 14:44
中島進入(1)
時折りシューシューと蒸気を吐きながら、大カーブの築堤をC56124[七]が下りてきた・・・ ...続きを見る

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2012/01/28 19:23
庫の構図、七尾(3)
キハ55とDE10に挟まれて、いかにも肩身が狭そうにラウンドハウスの奥に収まっていたC56159。 ...続きを見る

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2012/01/24 21:03
庫の構図、七尾(2)
ホワイトクリスマスの夕べ。機関区のあちこちで照明が灯り始めた・・・ ...続きを見る

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2012/01/23 21:16
庫の構図、七尾(1)
夜の仕業に備えてターンテーブルに乗る。夕方気温が下がってくると、再び雪が降り出した・・・ ...続きを見る

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2012/01/22 17:02
夕張風雪(6)
刺すような吹雪が頬に痛い。やがて視野の片隅に、詰所を出た乗務員の姿を確認すると よく見えないファインダーで、D51345[追]のキャブにピントを合わせ、シャッターチャンスを 待った。 ...続きを見る

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2012/01/15 17:29
夕張風雪(5)
ターンテーブル上のD51565[追]はみるみるうちに雪にまみれ、転向を待つ僚機の機影も猛吹雪に霞む・・・ ...続きを見る

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2012/01/14 18:07
夕張風雪(4)
急に露出が落ちたと気づくやいなや、突然の暴風雪に視界が奪われた。 ...続きを見る

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2012/01/13 06:04
夕張風雪(3)
降り続く雪の中、駐泊所のピットでは作業員が黙々と石炭殻の掻き出し作業を続けていた。 ...続きを見る

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2012/01/09 17:54
夕張風雪(2)
雪は間断なく降り続いていた。詰所で撮影許可をもらうのもそこそこに、撮影を始める。 ...続きを見る

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2012/01/08 19:52
夕張風雪(1)
乾いた雪が降っていた。キハ22から降りるとすぐ、改札口の傍に掲げられていたこの気象告知板が 目にとまった。 ...続きを見る

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2012/01/07 21:34
1st Anniversary 撮影余話(3)
自選作の最後は、この記事。写真は追分から夕張へ向かう車中、揺れるキハ22の運転台かぶりつきで、ブレを気にしながら撮った内の1カットです。 ...続きを見る

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2012/01/03 21:38
1st Anniversary 撮影余話(1)
お陰様で、拙ブログも本日で1周年を迎えることができました。きっかけは、昨年1月1日付の転勤。それまで往復約4時間だった通勤時間が1時間足らずに激減し、余った3時間でブログでも・・・と、「一年の計は元旦にあり」で、老後の楽しみにと思っていたフィルムスキャンを前倒しして、2011年の元日に始めたものです。この三が日は、自分なりに選んだこの1年間の自選3記事について、裏話等を綴ってみようと思います。 ...続きを見る

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2012/01/01 10:41
庫の構図、福井(9)
静かな大晦日の夜。前照灯下のしめ飾りは、福井機関区の職員の方々の愛情の証。 ...続きを見る

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2011/12/31 20:46
庫の構図、福井(8)
昭和47年最後の仕業を終えたハチロクが、ねぐらのラウンドハウスに戻ってきた。 この日の湿った雪で、28651[福]のしめ飾りは、元旦を前にして台無し・・・ ...続きを見る

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2011/12/30 20:54
庫の構図、福井(7)
大晦日の夜、新年を待つ福井区の光景。ラウンドハウスの入口と88623には、しめ飾りが・・・ ...続きを見る

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2011/12/29 21:42
聖夜明けて(6)
つい先程、僚機C56159[七]がラッセルしたばかりの線路は、再び強くなった雪でもう見えなくなっていた。 周りの木々は、完全にクリスマスツリー状態。 ...続きを見る

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2011/12/28 20:52
聖夜明けて(5)
ぼたん雪が降りしきる中、貨161レの和倉発車を狙うべく友人K君と駅のはずれのこの場所に着いた途端、 突然現れたラッセル・・・ ...続きを見る

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2011/12/27 21:22
聖夜明けて(4)
夜明け直後の幻想的な青白い世界。C56124[七]は、入換えを済ませて静かに発車を待つ・・・ ...続きを見る

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2011/12/26 20:48
聖夜明けて(3)
夜明け前。幌を締め切っているとはいえ、この大雪で開放キャブのC56では、 さすがに機関助士も寒そうだ。 ...続きを見る

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2011/12/25 21:05
聖夜明けて(2)
夜明けまでのしばらくの間、バルブ撮影三昧といきたいところだが、 降りしきる雪で、ホームの屋根の下から動けない。 ...続きを見る

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2011/12/24 20:21
聖夜明けて(1)
2012年春にその長い歴史を閉じようとしている急行「きたぐに」を金沢で降り、 友人K君と僕は、接続する始発の気動車で七尾線を北上していた。 今から38年前のクリスマスのことだった・・・ ...続きを見る

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2011/12/23 20:32
603号機を想う(6)
水銀灯に一瞬そのシルエットを浮かび上がらせ、ヤマを下りていく。テールライトの赤が闇に滲む・・・ ...続きを見る

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2011/12/22 22:13
603号機を想う(5)
短笛一声。ドレインに包まれ、駐泊所を出区する。あと何度夕張のヤマに上ってこれるのだろうか・・・ ...続きを見る

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2011/12/21 20:57
603号機を想う(4)
凍結防止のスチームが、D51603の美しいボイラーにまとわりつく。まるで愛おしむかのように・・・ ...続きを見る

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2011/12/20 21:20
603号機を想う(3)
12月の短い陽が落ち、駐泊所を闇が支配すると、蒸機達の白い吐息が水銀灯のスポットライトに映える。 ...続きを見る

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2011/12/19 21:02
603号機を想う(2)
蒸機の終焉が近いなど、想像すら出来ない光景。夕張駐泊所には、まだ彼らがたむろしていた。 ...続きを見る

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2011/12/18 20:09
603号機を想う(1)
室蘭線のカマの火は消えようとも、夕張ではまだ蒸機達の息吹を感じることが出来るはずだ。 ...続きを見る

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2011/12/17 20:07
跨線橋の構図(2)
ドラフト音と黒煙に満ちていたあのヤードの活気は、いったい何処にいってしまったのだろうか。 ...続きを見る

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2011/12/16 22:25
跨線橋の構図(1)
真っ黒に煤けた重厚な跨線橋。いつものように挨拶代わりの黒煙を残して発車していくD51の次位には、 今日は、もう一両無火のD51が・・・ ...続きを見る

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2011/12/15 20:50
225レのこと(6)
急いで三脚からSR-T101を外して、手持ちでもう1カット。すっかり絶気してしまったC57135[岩一]が、SLファンの目の前を通り過ぎていく。皆どのような気持ちでその姿を見送ったのだろうか・・・ ...続きを見る

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2011/12/14 23:38
225レのこと(5)
漠然と比較的積雪の多い追分以北と決めていた。結局、背景の木々が美しいこの場所に三脚を立てる。寒い朝だった。確か翌日の「道新」には、沼ノ端-遠浅お立ち台のこの日の気温はマイナス14℃とあった。 ...続きを見る

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2011/12/13 21:50
225レのこと(4)
日に日に増殖するDD51にすっかり戦意を喪失し、その時僕は栗丘駅の待合室で一人ぼんやりしていた。 と、改札口の向こうに進入してきたDD51の牽く228レには何とC57の前補機が付いているではないか! ...続きを見る

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2011/12/12 21:55
225レのこと(3)
栗沢駅の近くの線路端にお地蔵さんがあって、何度か蒸機との組み合わせを狙った。 ...続きを見る

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2011/12/11 20:17
225レのこと(2)
C57が主役の室蘭本線の客レの中にあって、D51の牽く225レは目立たない存在だった。 ...続きを見る

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2011/12/10 20:51
225レのこと(1)
跨線橋の上から、見えなくなるまでその機影を追い続けた。ナメクジの吐く黒煙が、追分の空を覆い尽くす。 ...続きを見る

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2011/12/09 21:40
駅寸景、能登中島(2)
走行写真を撮影後、後続の気動車に乗ってホームに降り立つと、いつもそこにC56がいた。 ...続きを見る

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2011/12/08 20:31
駅寸景、能登中島(1)
細身のボイラーが隠れてしまうほどの大きな駅名標は、能登中島のトレードマーク・・・ ...続きを見る

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2011/12/07 21:50
後補機の構図(4)
大築堤の晴れ舞台でカメラの砲列に迎えられた後、割れんばかりのドラフトを反響させて切り通しを往く。 ...続きを見る

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2011/12/06 21:09
後補機の構図(3)
絶気の後補機付き上り貨レは、2回チャンスがあって、流し撮りの格好の練習台になった・・・ ...続きを見る

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2011/12/05 21:16
後補機の構図(2)
板屋川に架かるこの鉄橋は、歩くと結構遠い大築堤へ向かう途中のお手軽撮影ポイント。 ...続きを見る

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2011/12/04 20:14
後補機の構図(1)
722レを加太駅で降り、大築堤方面へ向かうSLファンのあまりの多さに嫌気がさしたのだろうか、 この日は加太の関側から撮影を始めている。 ...続きを見る

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2011/12/03 20:14
加太への旅(2)
中学3年の撮影行。夜明け直後の窓外は寒々としていたが、白熱灯に照らされた薄暗い車内は、 熱気と興奮に包まれていた・・・ ...続きを見る

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2011/12/02 21:38
加太への旅(1)
ようやく薄明るくなってきた東の空。交換待ちで十分に昇圧したD51654[奈]の牽く草津線始発722レが、夜明け前の加太を越えてきた下り725レ京都行の到着を待つ・・・ ...続きを見る

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2011/12/01 21:16
デゴイチのアングル(5)
爽やかな秋晴れで迎えた蒸機最終日の朝。 ...続きを見る

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2011/10/23 20:36
デゴイチのアングル(4)
サヨナラ列車の先頭に立つこの日の主役D51442の傍らで、ひっそりとたたずんでいたD51254(亀)。 ...続きを見る

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2011/10/22 20:29
逆機の構図(3)
寺庄駅の近くに、車窓からのロケハンでいつも気になる神社の参道があった。 いつかは撮りに行こう・・・と思いながら、とうとう草津線の蒸機最終日になってしまった。 ...続きを見る

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2011/10/19 21:23
デゴイチのアングル(3)
その熱い吐息と体液を受け留めた湿った道床、真っ黒なバラストは、生きている蒸機達のねぐらの証し・・・ ...続きを見る

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2011/10/15 19:59
デゴイチのアングル(2)
年輪を刻んだ、キャブとナンバープレート。これぞ現役の国鉄蒸機! ...続きを見る

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2011/10/14 19:50

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