テーマ:国鉄蒸機

刹那の夜

岩見沢での「夜たの」は、”定宿”423レ「からまつ」に乗車する前のルーティンだった。 おやっ?こんな時間に蒸機列車があったのかと一瞬怪訝に思うが、兎にも角にもその貨物はDD51の次位に滝川区のナメクジ68号機を従えていて、慌てて三脚をセット。ケーブルレリーズを握る手にも思わず力が入ったのを覚えている。 【 函館本線 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

明治と大正

以前から気になっていた美しいトラス橋。行こう行こうと思いつつ、とうとうこの日になってしまった。橋の袂には、マイナーな越美北線にしては珍しく結構な数のギャラリーが陣取っていて、それもそのはず、噂される無煙化が翌月に迫っていたのだ。 単機の88623[福]を見送った後、路線バスで大野に戻るという人達の後について、はるか頭上を走る国…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

小兵奮闘

列車での追っかけで、一日の最後に田鶴浜で上り貨物に間に合うが、 すぐの発車で構図も何もあったもんじゃない。 それにしても結構な長い編成。 これで能登中島の前後の25‰を単機で越えられるのだから、 なかなかどうしてC56も侮りがたい。 【 七尾線 田鶴浜 / Minolta SR-T101 135mm F3.5 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

C11のいる日常(3)

C11のいるシーンで、一番似合うのはこんな列車を牽いているところだろうか。 「ネオパン」復活の報に接し、その原動力となったちょっぴりいい話を聞くと、 令和でのC11ミキストの再現も、何だかあながち夢物語とも言い切れない気がしてきた。 【 倉吉線 西倉吉 / Minolta SR-T101 135mm F3.5 Ne…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

C11のいる日常

川端新二さんは、著書でC58やC11は入換用にはもったいない機関車と評しておられる。 確かにC11というカマは、機能美という形容が当てはまる、素人目にもバランスのとれた、 いい機関車に映った。 現役時代は、客貨問わず日本各地どこの風景どんなシーンにもしっくり馴染んでいたように思うが、 そんな普段着のC11の何気ない日…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

愛車アーカイブ '19, 大垣

イカロス出版の「電車区訪問記1960-70」に掲載されていた蒸機時代の航空写真と構内配線図がきっかけで、また大垣を訪れてみたくなった。ネコ・パブリッシングの『模「景」を歩く』でも紹介されて全国区となり、今も昭和な被写体が数多く残っている西濃地区。その撮影のついでにたまに大垣に立ち寄ってみても、C11達がいた炭台付近の記憶はなかなか蘇…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

電車区の煙(2)

撮影許可をもらった2階建ての立派な事務所の東側にある庫の付近から見ていると、出区したばかりのカマボコドームの296号機が、乗越線の上や下を貨車の入換で行ったり来たり忙しく動き回っていた。 大垣のカマが電車区に居候するようになったのには訳があって、D50を擁していた関ヶ原越えの補機の基地・大垣機関区は、戦争末期に新垂井経由の勾配…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

電車区の煙

書店で、「電車区訪問記1960-70 」という本を見つけた。蒸機全盛、それもSLブームに向かわんとする時代にわざわざ電車区ばかり訪問する人がいるのか?と怪訝に思うも、著者名を見てさもありなんと納得。 ひょっとして・・・と、ページをめくっていくと、ありました!懐かしくなって、その「大垣電車区」で撮った1枚を。 巨大な投光器…
トラックバック:0
コメント:6

続きを読むread more

4月の別れ(10)

名鉄局の良き伝統。大垣機関区時代から受け継がれた青プレートが誇らしい。 忘れもしない4月16日。予報通り雨の上がった日曜の朝、柔らかな春の陽射しが 二両のC11に降り注いでいた。 下り美濃本巣行こそ155号機にその座を譲ったが、逆機牽引となって大垣の庫に 戻ってくる時は、この355号機が主役だ。 【 樽見線…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

走り始めたD51に想う(4)

本来は簡易線用で場違いに思えた前任のC56160はもちろんのこと、C571と比べても、新参のD51200の方が「北びわこ」の仕業、そして鉄道の街・米原にごく自然に馴染んでいるように映るのには、実は理由がある。 D51が米原に最後の足跡を残したのは、昭和45年秋のこと。臨客「いもほり号」として数回運転され、関ヶ原を越えるこの仕業…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

走り始めたD51に想う(3)

D51759 [亀]牽引の6785レとD51614 [奈]の牽く790レ(手前)、貨物列車同士の離合。 蒸機にのめり込むようになったきっかけは、草津線のデゴイチ。 一番身近な存在ながら、どのカマも関西本線と共通運用の厳つい重装備機だった。 「北びわこ」でD51が走り始めたことだけでも奇跡的だが、柘植に残る転車台跡が …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

走り始めたD51に想う(2)

草津線の下り貨物を牽いてきたD51211[奈]が、転向前にカマ替え中。このカマは形式入りプレートで人気があった。 北陸本線を走る「北びわこ」の面白さは、むしろ東海道本線の有火回送にある。新たに牽引機に加わったD51200も、この草津転向所跡のすぐ横を通って「北びわこ」の仕業に向かうのだ。 それにしても、現役機の醸し出すこ…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

8th Anniversary 撮影余話(3)

1~2週間毎に「着せ替え」をして楽しんでいるタイトルバック写真ですが、どれか一つだけ選べと言われたら、やはり白黒フィルムで撮った蒸機、それも必然的に最後の日々を追った昭和50年12月の写真になるでしょう。そして、誰からも褒めてもらえそうにない不真面目な拙blogのタイトルではありますが、一応「夜」を謳っているので、夜の一枚を・・・ …
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

遠いあの日 「45年前の“今日”へ」 和倉

12系に更新されたばかりの「きたぐに」のハザで、密連特有の不快な衝動に浅い眠りを邪魔されたまま金沢に到着すると、夜中の3時台だというのに、当たり前のように七尾線の始発が接続した。雑多なキハで構成された321Dは、勇ましいエキゾースト音で飛ばしに飛ばして、漆黒の能登半島を北上している。「ホワイトクリスマスか・・・」窓外の様子は暗くてよ…
トラックバック:0
コメント:10

続きを読むread more

from My Bookshelf (2)

Rail Magazine Vol.377 トワイライトエクスプレス特集。金ピカ厚化粧気味な同社の蒸機とどこか相通ずると言ったら叱られるだろうか、塗色のセンスが性に合わないEF81と同色の寝台車の記事を読みたくて購入したわけではもちろんない。当時RM誌に連載されていた「広田尚敬の視線」の最終回が、どうしても気になったからだ。 …
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

from My Bookshelf

荒川好夫さんの写真集。当時の鉄道ジャーナル誌をはじめ、以後「ニセコ」を特集した鉄道雑誌各誌には必ずと言っていい程登場して、ずっと気になっていた氏の写真の数々が、断片的なものからストーリーとして繋がり、全貌が明らかになった。 延べ21日間にも及ぶ厳冬期の集中的な撮影行をどうして敢行できたのか、その経緯は意外なものだった。そして、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

丹後のキューロク(2)

元大宮区所属のこのカマの機番は、荒川橋梁等がよく雑誌に登場した川越線の写真で見覚えがあった。その後西舞鶴区に転属し、主に宮津線で映画「すばらしい蒸気機関車」にも登場する網野までの区間貨物仕業を受け持っていたようだ。化粧煙突や関東の蒸機の特徴でもある煙室扉の砲金製ハンドル等のオリジナリティは既に失われていたものの、特筆すべきはC58や…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

ふるさと列車の記憶

SLイベント臨客の草分け的なこの列車の事を想う時、'70年代を想起させるボキャブラリーの中から 何故か必ずこの3つが結びつく。 「DISCOVER⇒JAPAN」、「旅と鉄道」、そして「ふるさと列車おくのと」・・・ 【 七尾線 能登中島 / Minolta SR-T101 55mm F1.7 Neopan SS / …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

二両のハチロク

高校生になって物事の機微が少し分かるようになった訳ではないが、当たり前のように撮影禁止の大機関区や、加太越えのような有名撮影地の喧騒にはほとほとうんざりし、心は自然と離れていった。 そんな中にあって、越美北線を走る福井区のハチロクは全く対照的な被写体で、言わば加熱したSLブームの中にぽっかりと空いた異質な空間、ホッと一息ついて…
トラックバック:0
コメント:8

続きを読むread more

週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 柘植 -

大築堤の先の狭くて路面が荒れた「酷道」25号線旧道も、土砂崩れによる四輪通行止めの影響で、この日はたまにバイク・ツーリングやサイクリングの小グループとすれ違う程度で、快適に柘植に抜けることができた。 柘植の構内は、架線が煩いことと機関支区がなくなったことを除けば、カーブした線路配置や跨線橋、ホーム等も蒸機時代のイメージに近く好…
トラックバック:0
コメント:5

続きを読むread more

週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 大築堤(2)-

当時の大築堤の難点は、メジャー過ぎて人が多かったこと。加えて保線用の車道や杭を並べたような柵もできたりして、SLブームが更に過熱した中学3年の頃になると、加太からは自然と足が遠のくようになってしまった。 そういう意味では、大築堤の先にあった中在家信号場の方が、撮影地としてはむしろ良い印象を持っていたのだが、再訪したくても昔のよ…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 大築堤 -

加太越えのハイライトは何と言ってもキロポスト74、R300の大築堤。乗務員の間では高堤防という別称があったことは近年知ったが、当時の鉄道雑誌やSLファンの間では「加太の大築堤」で統一されていたように思う。 加太のような有名撮影地を好んで訪れたのは、中学生の頃。お隣さん達が持つ憧れの四天王一眼レフを羨ましく眺めながら、スペースが…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 板屋 -

件の案内板がある屋渕川橋梁で上りのDCを撮影した後、次の下りの通過時間までかなり時間があるのに、近くでカメラを構えていた人達が撤収する気配がないので話しかけてみると、DD51が牽く回送列車が加太で上りDCと交換してすぐにやってくるという。これでようやくこの日のプチ混雑の謎が解けた。 急いでその先の加太小学校の近くにある板屋川橋…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 加太 -

山間の小駅、加太の風情は、跨線橋ができた以外はあの頃と同じだ。お寺のある広々とした柘植方の構内の佇まいも当時のままのように思える。 特筆すべきは、加太駅や駅周辺に鉄道遺産に関する案内板が掲示され散策コースも設定されていることだ。蒸機時代の加太越えを懐かしむ我々のような年代はもちろん、若い世代の人達にも十分興味の対象となり得るだ…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 坊谷 -

国道1号を左に折れて25号線旧道に入るとすぐに、法面の崩落で「二輪車と歩行者を除いて」通行止めの標識が目に入った。狭い道幅で普段はダンプの往来もある区間なので、生活道路である地元の人々には申し訳ないが、交通量が少ないのはかえって好都合だ。 関-加太間は加太川に沿って走る。中在家(信)側に比べマイナーでひっそりとしていたこの区間…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

週末タイムトリップ 「加太越えは今…」 - 関 -

梅雨の晴れ間。思い出したように不意に発生する愛馬の始動不良の原因も分かり、素人修理後の確認も兼ねて、ひとっ走りしてみたくなった。目的地は久しぶりにあそこに行ってみよう。標高もそれなりにあるので、少しは涼しいことを期待して・・・ 停まっているとさすがに蒸し暑いが、走っている時はちょうどいい体感。幹線国道を避け空いている下道を一気…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

和倉の朝(7)

延長したキャブ屋根が、中込区からの転属機であることを物語る、末っ子160号機の兄弟機。 束の間の斜光線に浮かび上がる、プロフィール。 すぐにトップライトに変わって、今日も暑い一日になるに違いない・・・ 【 七尾線 和倉 / Minolta SR-T101 55mm F1.7 Neopan SSS / Aug.'73…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

あの日の少年 by ES-2

ニコンのES-2購入の一番の理由は、ストリップフィルムホルダーが使えるようになったこと。これで、フィルムスキャナーでのスキャン結果に満足出来ない時、ポジのスリーブはもちろんのこと、ネガでも容易にリトライすることができる。そのES-2とフルサイズのデジイチとのコンビネーションで撮って、どうしてもレタッチし直してみたいモノクロネガがあっ…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

4月の別れ(9)

これほどまで徹底的に綺麗に仕上げられた蒸機によるサヨナラ運転は、後にも先にも見たことがない。それは、自区最後の蒸機を送り出した、由緒ある関ヶ原越えの補機基地としての大垣区の誇りの現れだったのかもしれない。 前日の雨が追い討ちをかけたのか、富有柿の畑が印象的な犀川堤の桜はすっかり散り果てていた。 46年前の今日、昭和47年…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

草津の朝(10)

草津の転車台は、大きな蒸機がはみ出しそうな片隅の狭いスペースにあった。 だから、28mmで撮ったのを覚えている。 朝の蒸機牽引下り通勤通学列車のしんがり、725レを牽いてきたD51759[亀]。 広角ならではの朝の転向所の空気感と、煤けて無骨なデゴイチの存在感が、 今はただただ懐かしい・・・ 【 草津線 草…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more